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【知られざる世界ランカー】

武術太極拳・山口啓子 世界一狙い 中国武者修行

全日本武術太極拳選手権大会で、槍を使った演舞を披露する山口啓子=東京体育館で

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 健康体操として日本でも人気のある太極拳。国内の愛好者は150万人に上るが、一方、スポーツ競技としての武術太極拳の認知度はまだまだ低い。山口啓子(25)は「五輪の正式種目採用が実現すれば」と、第一人者の自覚をにじませる。

 山口が取り組んでいるのは、跳んだり、回転したり、素早い動作が特徴の長拳。1分半の演舞では、動作の質やレベル、技の難度などが採点式で審査される。器具を使う種目もあり、7月の全日本武術太極拳選手権大会では、槍(やり)と剣で貫禄の優勝。しかし、器具を持たない徒手は2位だった。

 全日本選手権で山口は2007年から10年連続で、3種目のいずれかで優勝。槍は6連覇達成だ。だが3種目制覇を逃し、「一番自信のあった長拳(徒手)でミスを連発。気持ちが入りすぎて心と体が一致しなかった。まだまだ修行が足りない」と猛省した。

 武術太極拳は08年北京五輪での正式採用を目指し、05年によりアクロバティックな動きを採り入れるなど競技内容が見直された。演舞はこれまでの形重視から、体操の床運動のような跳躍運動が組み込まれた。トップ選手がジャンプの対応に苦しむ中、代わって台頭したのが山口だ。

 ジュニア時代にジャンプを猛練習し、06年に16歳でシニアデビュー。キャリアを確実に積み、世界選手権も過去2度、表彰台に上がっているが、金メダルだけはいまだ手にしていない。

 「9月のアジア選手権(台湾)、来年の世界選手権で優勝したい。今の目標は世界一になることです」

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 中国武術との出合いは6歳の時。カンフー映画が大好きな父と一緒に地元大阪の太極拳教室に通い、長拳を習い始めた。のみ込みは早く、12歳の時には史上最年少で全日本指定強化選手に選ばれた。

 ところが本場の中国で合宿した際、山口は井の中のかわずであったことを思い知らされる。「自分と同じ年ぐらいの子どもたちが、比べものにならないほど上手。この人たちみたいになりたいと強く思った」

 初志貫徹。少女のころの誓いを忘れず、山口は精進を重ねた。日本のトップ選手になっても満足することなく高みを目指した。20歳になると、よりよい練習環境を求め単身上京。大きな大会前には、中国で武者修行を敢行する。今年も全日本選手権前は福建省で合宿を行い、8月は北京で特訓を積んでアジア選手権に臨む。

 「中国やマレーシアなど強豪国の選手はすべてプロ。彼女たちに勝つには、強い選手と猛練習するしかない。毎日集中して、日本にいる時の100倍の練習をしてきます」

 アジアを制すれば、実質世界一。だから意気込みは、半端ではない。

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槍で6連覇を達成し、笑顔の山口啓子=東京体育館で

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 マイナースポーツは、オリンピック種目になるか否かが大きな問題だ。武術太極拳は競技内容だけでなく、フィギュアスケートのように採点基準を数量化するなど評価方法も変更。20年東京五輪の追加種目候補の選定では、「武術」として2次選考で落選したが、1次選考を通過した8競技の中に名を連ねることはできた。

 山口は「五輪の正式種目にするには、一人でも多くの人に競技を知ってもらうことが必要。今の仕事もその思いで続けている」と話す。

 首都圏各地のスポーツクラブで武術太極拳のインストラクターをしている。10教室を持ち、子どもから高齢者まで計300人ほどの生徒がいる。子ども向けのカンフー教室は盛況で「未来の五輪金メダリストが出てくれたら」と夢を膨らます。

 また19年から国体で公開競技として行われることになり、国体普及指導員の肩書も加わった。そして今後の中国武術の可能性をこう見据える。

 「幼児教育の一環でカンフーを導入したり、介護福祉施設の体操に太極拳を取り入れてもらうなど、地域の支援活動にも精力的に取り組んでいきたい」(牧田幸夫)

 <武術太極拳> 国際的には「武術」の中国語の発音「ウーシュ」の名称で普及している。競技は伸びやかで大きくゆったりした動作の「太極拳」、中国南方地方の拳法で気合を入れる時に声を発する「南拳」、跳躍動作が多く体操の床運動のように縦横に動き回る「長拳」がある。国内の競技人口は7万人。

 <やまぐち・けいこ> 父親の影響で6歳から武術太極拳を始め、12歳で全日本指定強化選手。全日本選手権は長拳3種目のうちのいずれかで2007年から10年連続優勝。世界選手権は09年が槍で2位、13年は剣で3位。東京武術太極拳クラブ所属。大阪府茨木市出身、25歳。

 

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