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【知られざる世界ランカー】

セパタクロー・寺島武志 世界と日本つなぐ足技

タイのプロリーグで磨き上げた寺島武志のアタックは世界トップクラスの技術を誇る=東京都大田区で

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 マイナースポーツの選手の中には、まれに「競技歴イコール日本代表歴」という強者がいる。セパタクローの寺島武志もそうだ。人一倍の努力で才能を開花させ、トップランナーとして走り続けている。

 世界最高峰のタイのプロリーグに、2011年から参戦している。6年目の今年は、5〜7月にタイ東北部・マハサラカムのチームに加入した。強豪とあって途中出場が多かったが、レシーブができ、アタックも決められる寺島への評価は高い。

 タイのプロチームでプレーしている日本選手は現在、寺島ただ一人。過去を見ても、長く日本代表のエースアタッカーを務めた寺本進さん(40)がいるだけだ。給料は日本円にして月3万円弱。待遇も恵まれているとはいえない。それでも寺島は最強国でのプレーにこだわる。

 「広州アジア大会(10年)を終えた時、サーブ、レシーブ、アタックとすべてにおいてレベルアップの必要性を痛感した。タイには寺本さんも行っていたので、自分も厳しい環境に身を置いて成長したいと思った」

 セパタクローでは、アジア大会が実質世界一を決める最高峰の位置付けだ。その広州大会で日本男子はチーム戦(団体戦=各国3チームが出場し勝ち数で競う)で初の表彰台となる銅メダル獲得の快挙を成し遂げた。寺島は2人対2人で戦うダブル種目でも3位になった。

 表彰台に上がったからこそ、見える景色がある。寺島にとってタイは、憧れの存在から、超えなければならないものへと変わった。だから、高みを目指し続ける。

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 身長167センチと、決して大柄ではない。それでも高いジャンプ力と、ボールを操る卓越した足技がある。その基礎はサッカーに明け暮れた少年時代に培われた。都内の名門サッカースクールにユース時代まで籍を置き、毎日ボールを追い掛けた。

 日体大進学後もサッカーを続けたが、しばらくして友人に誘われてセパタクローのボールを蹴る機会があった。リフティングは得意中の得意。「セパタクローなら、日本代表になれるよ」。友人のひと言は、競技を始める動機としては十分なものだった。

 9月にはサッカー部を辞め、セパタクローの同好会に入った。すると、11月の学生の大会で強化担当の目に留まり、日本代表の選考会に呼ばれることに。始めて半年後には世界選手権の遠征メンバーに選出。驚異的なスピードでトッププレーヤーへの階段を駆け上がった。

 「代表になって世界を意識した。だからレベルアップしなければと思った」と、淡々と当時を振り返る。喜びよりも先に、日の丸を背負う責任と誇りを感じた。

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 アジア大会のチーム戦は国の強さを証明する舞台だ。広州大会では銅メダルだった日本は、前回の仁川大会(14年)では1次リーグ敗退。最新の世界ランキングも男子は6位だ。上位5カ国はタイ、マレーシア、シンガポール、韓国、ミャンマー。2年後のジャカルタ大会に向けて競技力をどう底上げしていくか。

 東南アジアでは幼少期からセパタクローに親しんでいる。日本では大学のサークルで競技を始めるのが一般的で、その差は大きい。だが寺島は「器用さを生かした細かい戦術やプレーの精度を高めるなど、日本独自のやり方があるはず。それを模索していかないといけない」と話す。

 そして「海外でプレーする選手が増え、経験が蓄積された時、メダルの色が(銅から)変わるかもしれない」と期待を込めた。

 04年から7年間タイでプレーした寺本さんは「寺島は世界と日本をつなぐ貴重な存在」とし、こうエールを送る。「タイを超えるという、日本代表がたどり着くべきゴールをチームメートに明確に示し、チャレンジを共有できるメンバーを増やしていくことが彼の役割だと思う。また選手としての真っすぐな努力は、競技の普及にもつながると信じている」  (牧田幸夫)

 <セパタクロー> 東南アジアで9世紀ごろから行われている球技が起源。セパはマレー語で「蹴る」、タクローはタイ語で「ボール」の意味。基本は3人対3人で対戦し、プラスチック製のボールを相手コートに蹴り込んで得点を競う。ネット際の攻防は足と足が交錯するほど激しく、「空中の格闘技」とも呼ばれる。国内では1989年に日本セパタクロー協会が設立され、現在、大学、社会人を中心に40団体が登録。競技人口は約2000人。

 <てらしま・たけし> 高校まではサッカー選手で三菱養和サッカークラブに在籍。日体大進学後、セパタクローに転向した。競技を始めて半年後には早くも日本代表入りを果たし、アタッカーとして数々の国際大会で活躍。アジア大会は10年広州大会でチーム戦とダブル種目でともに銅メダル、14年仁川大会もダブル種目で銅メダル獲得。11年から本場タイのプロリーグに参戦している。167センチ、62キロ。阪神酒販Dee’sTC所属。東京都足立区出身。34歳。

 

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