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【知られざる世界ランカー】

シンプルに挑む アイスクライミング・八木名恵

昨年2月、フランスで行われた世界選手権で氷壁を登る八木名恵=本人提供

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 二〇二〇年東京五輪の種目になったスポーツクライミング。ブーム到来中だが、同じクライミング競技でも氷壁に挑むのがアイスクライミング。国内の知名度はまだ低いが、ワールドカップ(W杯)も開催されるなど海外での人気は高い。八木名恵(33)は世界を転戦するプロのアイスクライマーだ。

 平昌五輪が目前だというのに、八木の表情は晴れない。「平昌ではショーケース(発表会)はしないことになりそう。韓国選手は嘆願書を書いていたのですが…」。四年前のソチ五輪では組織委公認のイベントとして実施されたアイスクライミング。平昌では行われない公算が大きい。

 ソチ五輪に派遣された八木は、世界中から集まった観客の前でパフォーマンスを披露。一五八センチの小柄な体で、勢いよくアックスを打ち込み、人工の氷壁を登っていく。「今まで多くの世界大会に出場したが、一番の思い出となると、やはりこのソチ」。アスリートにとって、五輪の舞台は格別だ。

 平昌の動向がはっきりせず、予定が立てられなかった今季。結局、昨季は六大会フル参戦したW杯の出場を取りやめた。「今年は日本の自然の氷壁で撮影に力を入れたい」。競技の普及につながればと、自身が被写体となった写真作品づくりに意欲を見せる。

 昨年九月、酒蔵の天井にアックスでつり下がる写真を自身の会員制交流サイト(SNS)で公開した。作品のモチーフは、人工の構造物に登る「アーバンクライミング」と、氷のない岩肌などで道具を使う「ドライツーリング」。二つの融合を表現したという、いわば芸術作品。十月には、ビルの一角と思われるかなりの高所から都会の夜景を眺めている写真を公開した。

自宅の練習部屋でトレーニングをする八木名恵

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 こうした前衛的な取り組みも、広い意味で普及活動になる。「見た人が、格好良いとか、やってみたいとか、興味や関心を持ってくれれば。日本のクライミング界に風穴を開けたい」と話す。

 スポーツクライミングのトップ選手で、大学卒業後は日本初の実業団クライマーとして活躍していた八木が、アイスクライミングに転向したのは〇九年、二十五歳の時。きっかけは理学療法士の夫との結婚だった。

 「十四歳年上の旦那さんは、当時大学院生で収入がほとんどない。で、私が支えることに。お給料を上げるには評価のものさしである世界ランキングを上げることが近道で、導き出した答えがアイスクライミングだった」

 アックスを使い、靴底に装着したアイゼンを氷に噛(か)ませながら登っていく。これまでと勝手は違うが、国内のライバルは少ない。国際大会に出やすくなったことで、会社との契約がより好条件で更新できたという。いかに稼ぐか。動機はビジネス優先でも、トップ選手になれば競技への意識も変わってくる。

 「魅力は登ったときの達成感。練習しただけの結果が出る。登れるか、登れないかと、勝ち負けがシンプルなところもいい」

 一三年にはプロとなり、一三〜一四年に日本人初のW杯全戦参戦。米国、韓国、スイス、フランス、イタリア、ロシア(ソチ五輪を含む)を約二カ月かけて一人で回った。高さ十五〜二十メートルの壁で登るタイムを競うスピード部門で総合十位と健闘。「他国の選手と人種や文化を超えた交流ができ、良い勉強をさせてもらった」と振り返る。

 競技会(コンペ)に出場するのは国内で三十人程度というマイナー競技は、若い選手の台頭が待たれる。八木は「トップ選手としての責任は果たしたい」とすそ野拡大への取り組みに知恵を絞る。

酒蔵でのクライミングPhoto by Kazuhiro Kodaira

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 「コンペで勝ちたい人、生涯スポーツとして楽しみたい人、ただ登るのが好きな人。向き合い方は人それぞれでいい。まずは体験してみて」 (敬称略)

<やぎ・なえ> 大阪府生まれ。17歳でスポーツクライミングを始め、女子高生クライマーとして注目される。国士舘大卒業後は一般企業で正社員として勤務する傍ら競技者契約も結び、日本初の実業団クライマーとして活動。2009年からアイスクライミングに軸足を移す。13年にプロとなり、日本選手として初めてアイスクライミングのW杯全戦参戦を開始。14年にスピード部門総合10位、17年は同部門で総合12位。ソチ五輪ではエキシビションが行われ、日本代表として参加した。杉並区在住。33歳。

<アイスクライミング> 両手にアックス、足にはアイゼンを装備して氷の壁を登る。競技会は氷壁だけでなく、木板の人工壁で行われることが多い。スポーツクライミングに準じて、W杯ではリード(登る高度を競う)、スピード(登るタイムを競う)、ボルダリング(登り切った回数を競う)の3種目が行われる。

 文、写真・牧田幸夫

 

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