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【知られざる世界ランカー】

絆固く けがを乗り越え 総合馬術・弓良隆行

愛馬ポーチャーズホープにまたがる弓良隆行=京都府八幡市の乗馬クラブクレイン京都で

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 人は馬を尊重し、馬は騎手の思いにこたえる。馬術競技の魅力は、そんな人馬一体の物語だろうか。三つの種目で競う総合馬術の弓良(ゆみら)隆行(37)は、選手生命が危ぶまれたほどの大けがを乗り越え、完全復活を果たした。愛馬のポーチャーズホープ(12歳)とともに、8月にインドネシア・ジャカルタで開かれるアジア大会で優勝を目指す。

 総合馬術は、馬場馬術、クロスカントリー、障害馬術の三種目を同じ人馬で三日間かけて行い、減点の合計が少ない人馬が上位になる。メインは二日目のクロスカントリーだ。

 竹柵、生け垣、水濠(すいごう)、池など多彩な障害物が配置された野山の五〜六キロのコースを、時速三十四キロほどで駆け抜ける。世界大会となるとコースの長さは六キロ以上、障害物の数は四十を超える。選手は入念に下見をするが、馬にとってはぶっつけ本番だ。

 弓良は「馬は初めて見る障害物にちゅうちょする。特に、水に飛び込むのと幅の狭い所を跳び越えることを嫌がる。日ごろからしっかりコミュニケーションをとり、信頼関係を築くことが大切」と強調する。走行中も常に変化する愛馬の状態を的確に把握していないと、アクシデントなどに対応できないという。

 二〇一一年から馬術の本場の英国で技術を磨き、初の五輪出場を一二年ロンドン大会で果たした。しかし、結果はクロスカントリーで落馬し予選敗退。悔しさを糧に五輪後も英国に残り、さらなるレベルアップを目指した。そこで出会った新しい馬が、ポーチャーズホープだった。

 「温厚で人懐っこい。少し気弱なところもある」。主戦馬として調教を始めたが、リオデジャネイロ五輪を翌年に控えた一五年四月、悲劇は起きた。調教中に落馬して愛馬の下敷きになり、骨盤骨折という大けがを負った。帰国して入院し、一年間のリハビリ生活を余儀なくされた。一六年春、競技になんとか復帰したが、一年のブランクは大きかった。

 そんな時、朗報が届いた。「もう会うこともない」と思っていたポーチャーズホープが弓良のもとに来ることになったのだ。再会に感激し、いっそうの調教に励んで迎えた一七年シーズン。全日本総合馬術選手権大会で自身十年ぶりに優勝し、完全復活を果たした。

 「ポーチャーズホープに再会した時、成長したなと思った。馬体はパワフルになり、レースも勇気を持って障害物に向かっている。理解度も高くなり、僕のことを気にして動いてくれる」。強い絆で結ばれた人馬は今季も好調を維持し、アジア大会日本代表の座を勝ち取った。

「すごく人懐っこいんです」とポーチャーズホープについて話す弓良隆行=京都府八幡市の乗馬クラブクレイン京都で

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 小学五年生の時、競馬が趣味の父に連れられ、埼玉県宮代町の東武動物公園にある「東武乗馬クラブ&クレイン」で初めて乗馬を体験した。「大きな動物が自分の指示を聞いてくれるのに感動した」。たちまち夢中になり週一回、四十五分のレッスンを受けた。「サッカーや野球はみんなやっているので、人と違うことをしたかった。授業料はちょっと高めの塾と同じくらいだった」と振り返る。

 一般家庭のため自分の馬は持てなかったが、逆にそれがよかったという。いろいろな馬にまたがることで、馬との折り合いや動かし方が自然と身に付いたのだ。めきめきと頭角を現し、中学三年でジュニアの全国大会で優勝。その後、明治大学で本格的に馬術に打ち込んだ。

 国内では馬術競技の認知度は高いとは言えない。国際大会は欧州中心に行われ、日本のトップ選手も活動拠点は海外だ。だが、二年後に迫った東京五輪を、弓良は大きなチャンスと期待する。「日本でも多くの人に馬術競技を知ってほしい。観戦してもらえたら」 (敬称略)

<総合馬術> 同じ人馬の組み合わせで馬場馬術、クロスカントリー、障害馬術の3種目を行う。初日の馬場馬術は、2日目のクロスカントリーに向けて調教されているかを審査する。3日目の障害馬術の前に獣医師らによる馬体検査が行われ、前日のクロスカントリーによる疲労度やけがの有無をチェック。合格した馬のみが競技を続行できる。

 3種目の減点合計が少ないほど上位となる。減点はクロスカントリーを例に取ると、規定タイムを超えたり、走行中に障害物の前で馬が止まったりした場合。制限時間オーバーや落馬は失格となる。

<ゆみら・たかゆき> 明治大学で本格的に馬術競技に取り組み、卒業後、乗馬クラブクレインに入社。現在はクレイン京都所属。入社後はインストラクターの傍ら、総合馬術のトップ選手として活躍。2010年、中国・広州アジア大会で団体優勝。12年ロンドン五輪に初出場。東京都荒川区出身。37歳。

 文・牧田幸夫/写真・黒田淳一

 

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