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【知られざる世界ランカー】

異国に根差す 礼節のファイター ラウェイ・金子大輝

ロープ際で激しい攻防を繰り広げる金子大輝(右)=文京区の後楽園ホールで

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 ミャンマーの国技で、世界で最も過激な格闘技とされる「ラウェイ」の王者になった日本人がいる。現地で親しみを込めて「カネコ」と呼ばれる金子大輝(だいき)(24)は今、ミャンマーで最も知られた日本人だ。「将来は両国の懸け橋になれれば」と、本場のリングに上がり続ける。

 六月二十九日、格闘技の聖地・後楽園ホール(文京区)に金子の姿があった。昨年十二月にミャンマーで王座獲得後、初めて日本で行う凱旋(がいせん)試合。対戦相手のジェ・ジン・ピョー(ミャンマー)は、金子も尊敬するキャリア七十戦以上の強者(つわもの)だが、強烈なパンチを効果的に決め、危なげない試合運びで2ラウンドKO勝ちした。

 王者の実力を見せつけた金子は会場を埋めたファンに、ミャンマーの公用語のビルマ語でもあいさつした。「ミャンマーとラウェイを愛しています」。ミャンマーの国内タイトルを獲得した外国人は、過去にカナダ人が一人いるだけ。昨年十二月の戴冠は歴史的な快挙だった。

勝者による「旗を折る儀式」。戦争で相手の領地を攻め落とし旗を奪った名残とされる=文京区の後楽園ホールで

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 ラウェイは過激な格闘技だ。グローブなしで殴り合い、頭突き、蹴り、膝蹴り、肘打ち、さらに関節技もOK。試合中に一度だけ「タイム」(二分間)が認められ、ダウンを喫して気絶しても、ここで目を覚ませば試合は再開する。

 危険な部分ばかりが注目されがちだが、千年の歴史を持つ国技は神聖なものだ。対戦相手への敬意を忘れてはならない。二年前、現地で試合を始めたころ、自身の会員制交流サイト(SNS)に「相手を倒す」と書き込んだ。すると、すぐにトレーナーから「削除しなさい」と注意を受けた。「日常は謙虚に。リングでは勇敢に」というラウェイの精神を教え込まれた。

 外国人選手はミャンマーに来ても一回か二回戦って帰ってしまうが、金子は現地のジムに所属し根を下ろした。だから支持される。「試合前後の踊りも全力でするし、試合後はすぐに相手の健闘をたたえる。そんなラウェイへの取り組みを、ミャンマーの人たちが理解してくれた」

 両親ともに体操選手という体操一家に生まれ、幼少期から器械体操に明け暮れた。六歳下の弟和輝(ともき)は、埼玉栄高校に在学していた昨年、インターハイで男子個人総合優勝したほど。金子自身は高校三年の時、酷使した左肩を痛め、体操の道を断念した。

 「生活の全部だった体操がなくなり、何をしていいか分からなくなった」。そんな時に夢中になったのが、格闘技漫画「グラップラー刃牙(ばき)」だ。高校生の刃牙が世界最強を追い求め、あらゆる格闘技に挑んで成長していくストーリーに、自分を重ねた。大学に入ると近所のジムに通い、総合格闘技やキックボクシングの試合に出た。「体操とは違う一対一の生身の勝負。怖さや痛さを克服しながら成長が実感できる」。のめり込んでいった。

リングの上で勝者の踊り「ヤイの舞」を披露する=文京区の後楽園ホールで

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 両親を安心させようと、大学卒業後の進路は警察官に決め、痛みを引きずっていた左肩も手術した。ところが、採用試験に落ちてしまう。残ったのは、格闘技だけ−。

 ラウェイと出合ったのは、プロの世界の厳しさに直面していた時期だった。日本とミャンマーの橋渡しをしていたNPO法人の代表が、知り合いの格闘家を通じ「やってみないか」と誘ってくれた。その危険さから、引き受ける日本の格闘家がなかなかいなかったというが、「やります」と即答した。

 「一番強くなることを目標に格闘技を始めたので、素手とか頭突きがあるとか、そこから目を背けるのは違うと思った。逃げたくはなかった」

 二〇一六年二月、ミャンマーで初の試合に臨んだ。王者相手に2ラウンドKO負けだったが、手応えも感じた。それから年に数回、ミャンマーに渡って試合を重ねるようになった。日本での「師匠」は元プロボクサーの関根悟史。交通事故で選手生命を絶たれ、ラーメン店を営んでいた。

 金子は昼間は店を手伝い、練習は営業終了後の深夜から、店の倉庫で。関根が行った特訓は「町のやんちゃな若者を集め、そのパンチを受けさせる」という壮絶なものだった。関根は「相手の突進力を遠心力でかわしたり、試合と同じ感覚で練習ができた。おかげで、攻めることで相手のパンチを避けられる術(すべ)を大輝は手に入れた」と振り返る。

 試合がテレビ中継されることもあって、ミャンマーでの金子の知名度は高く、街中で人だかりができるのも珍しくない。空港の待合室で、ファンだという搭乗機の機長から特別席を用意されたこともある。ミャンマー国民が認めるファイターなのだ。 (敬称略)

<かねこ・だいき> 体操から総合格闘技に転向し、2016年からラウェイに参戦。ミャンマーの名門ジム「タッティ・ラウェイ・クラブ」で腕を磨き、17年12月、ミャンマーの階級別王者を決める「ゴールデンベルト・チャンピオンシップ」に勝利。日本人で唯一、現地の王座を獲得した。ラウェイの戦績は5勝4敗。168センチ、67キロ。さいたま市出身。24歳。 

<ラウェイ> 1000年の歴史を持つミャンマーの国技。タイのムエタイに似た立ち技中心の格闘技だが、大きな違いはグローブを着用せず、拳にバンテージを巻いただけのほぼ素手で殴り合う。ほとんどの格闘技で禁止されている頭突きも認められ、「世界一過激な格闘技」と言われる。3分5ラウンドで行われ、勝負はKO決着か引き分けで、判定はない。日本の大相撲のように神事の色彩が濃く、試合前はリングの祭壇に祈りと踊りを捧(ささ)げ、試合中も伝統の音楽が演奏される。対戦相手を敬うことが求められ、罵(ののし)ったり、攻撃的な言葉を発すると出場資格が剥奪される。

文・牧田幸夫/写真・中西祥子

 

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