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スポーツのしおり

(15)「武蔵の目付」 観と見

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 小刻みな攻防が繰り返された後、一気に攻め込む。その動きは、まるで魚が水中で方向を変えるように鮮やかだ。静から動へ。一瞬の判断が勝敗を左右するレスリングという競技で、一人の若手女子選手が頂点に挑もうとしている。

 登坂絵莉はリオデジャネイロ五輪の日本女子48キロ級代表である。弱冠22歳ながら、世界選手権3連覇中。吉田沙保里、伊調馨の後継者と目されている。海外のスポーツ統計会社がリオで金メダル確実と予想する新進気鋭の逸材だ。

 彼女には一つの流儀がある。自らのレスリングで大事にしているのは、目の使い方、つまり、相手の捉え方だという。普通、マットの上では極限まで相手に集中すると思われがちだが、「うーん、一点を見つめるのではなく、全体的に見る感じで。相手の顔も見ていません」。

 ある極意を思い出した。対象のどこか一カ所を凝視するのではなく、遠くの山を見るように、ぼんやりと全体を捉えることを剣道の世界では「遠山(えんざん)の目付(めつけ)」と呼ぶ。この方が速く反応できるのだという。

 呼称こそ違えど、あの宮本武蔵も自らの奥義をまとめた「五輪の書」で同様のことを記す。いわく

 「目の付けやうは、大きに広く付くる目也。観見二つの事、観(かん)の目つよく、見(けん)の目よはく、遠き所を近く見、ちかき所を遠く見る事、兵法の専也」。

 要約すると、「勝負は視野を広く保つことが大事である。物の見方は『観』と『見』があり、観は広く意識を広げ、見は集中して見ることを言う。遠いところを近くにあるように、近くを遠く見ることが一番」。観は心で見るという解釈もある。

 一つのことに集中するのは良いことだが、時に視野が狭くなる。頑(かたく)なにもなる。そんなときは、ここに写る登坂のように、遠くを見つめるようにすると、何かが見つかるかもしれない。観と見。日本古来の心得。五輪でつながる不思議な極意が新たな時代の扉を開けてくれる。

 文・谷野哲郎/写真・内山田正夫/デザイン・高橋達郎

 

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