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スポーツのしおり

(22)たゆまぬ思い 「ものづくり」

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 「現代の名工」と呼ばれる人たちがいる。卓越した技量を持つ者として厚生労働省から表彰された職人たちのことだ。三村仁司さん(68)もその一人。これまで作った靴はざっと40万足。50年間にわたり、アスリートの足を支えてきた。

 高橋尚子、野口みずきら五輪メダリストから、イチロー、青木宣親、香川真司、長谷川穂積まで。さまざまなスポーツ選手のシューズを手掛け、結果につなげている。2年前からは青山学院大の陸上部に携わり、箱根駅伝連覇に力を貸した。

 勝てるシューズとは何か。軽い靴か、それとも踏み込める靴か。三村さんは「けがをしないシューズ」と答える。マラソンでは、着地の際に約3倍の体重が足にかかる。60キロなら180キロ。足は1・2倍に膨らむという。この負荷を靴で緩和して故障から守る。「けがをしなければ練習ができる。練習したら速くなる。速くなれば勝てる」

 例えば、青学大の選手たちは当初、足首が軟らか過ぎたのだそうだ。軟らかいと動きやすい半面、着地がぶれやすく、タイムをロスする上、けがの原因にもなる。そこで三村さんは独自のテーピングと靴で修正。選手本来の強さを引き出した。

 人の体は左右完全な対称形ではない。大きさ、長さ、厚さ、わずかな違いが競技には大きく作用する。「高橋尚子は左脚が右より約1センチ長かった。だから、右の靴底を厚くした」。靴作りの基本は詳細な測定から。時に中敷きを入れ、ミリ単位でバランスを整えていく。靴は裁断、縫製、成形の工程を経て、その人だけの武器に変わる。

 普段は兵庫県加古川市にある自身の工房「ミムラボ」で靴を製作している。一般からの依頼も受けており、筆者も作ってもらった。足形を取り、甲の高さを測ると、即座に「4対6で左が弱い。あと右の脛(すね)の外側が疲れるでしょう。巻くように歩く癖があるから」と言い当てた。魔法としか言えぬ所業は、たゆまぬ努力のなせる技だろう。

 弛(たゆ)まぬとは途絶えることがないさまを指すが、緩みがないという意味にも取れる。「その人に合った靴。相手を満足させる物作りを一生かけて追求していく。それがプロ」と三村さん。努力も靴も、たゆまぬ思いで。名工を語る上で、これほど似合う言葉は他に見つからない。

 文・谷野哲郎/写真・市川和宏/デザイン・高橋達郎

 

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