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スポーツのしおり

(23)「残心」 こころをのこす

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 柔らかな笑みを浮かべる姿は、とても格闘家とは思えない。しかし、ひとたび空手着を纏(まと)い、帯を締めると、表情が一変する。植草歩(高栄警備保障)は、2020年東京五輪の新種目に決まった空手・女子組手の金メダル候補である。

 帝京大出身の24歳。ルックスの良さから「空手界のアイドル」として、メディアに取り上げられてきた。最初は「大きな舞台で勝てていない自分でいいのか」と悩んだというが、「自分がやらないと後輩が苦労する。私がやっていこう」と考えが変わった。

 この覚悟が結果につながった。昨年、今年と全日本選手権で優勝。今年10月には世界選手権でも初めて金メダルを獲得。世界を制した。得意の中段突きを磨きながら、20年に向けて成長を続けている。

 空手には制限時間内にポイントを競う「組手」と演武の出来栄えを競う「形(かた)」があり、植草は組手の方。例えば、上段蹴りが入れば3ポイント、中段突きなら1ポイントを得る。技を当ててはいけない「寸止め」が決まりだが、勢い余って蹴りや突きが当たることも。植草も歯が折れたり、額が割れたことがあるというから、過酷な競技だ。

 そんな空手には「残心(ざんしん)」という言葉がある。技を決めた後、相手の反撃に備える姿勢を取らなければ、得点にならない。これを残心という。弓道や剣道などの武道で見られる特殊なルールは、気を緩めずに謙虚な心で臨むよう、相手を軽んじないよう、脈々と受け継がれてきた。

 沖縄発祥とされる伝統武道を植草は「まず『礼に始まり、礼に終わる』と教えられる。空手は相手がいるからできる。残心も相手を重んじるからこそなんです」と解説してくれた。

 いじめやヘイト活動。人を人とも思わない行為がなくならない時代だからこそ、相手と向き合う空手が東京五輪の競技に選ばれたのが誇らしい。こころをのこす。将来に伝えるべき本当のレガシー(遺産)を見つけた。

 文・谷野哲郎/写真・隈崎稔樹/デザイン・高橋達郎

 

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