東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > スポーツのしおり > 記事

ここから本文
スポーツのしおり

(34)「山の神」の今 山の中腹

写真

 山登りはよく人生に例えられる。作家の吉川英治は「新書太閤記」でこう記している。「登山の目標は、山頂ときまっている。しかし、人生のおもしろさ、生命の息吹の楽しさは、その山頂にはなく、却って、逆境の、山の中腹にあるといっていい」。目標へ向け、険しい山道を進む。苦しい過程こそが醍醐味(だいごみ)なのだろう。

 箱根駅伝にも大きな山がそびえ立つ。柏原竜二さんは東洋大時代の2009年から12年まで、山上りの5区で4年連続区間賞に輝き、「山の神」と称された。しかし、本人の胸の内は「虚無感しかなかった」という。

 「箱根しか評価されない。その1回だけ頑張ればすべてが帳消しになってしまう。それって面白くないですよね」

 苦境から立ち上がる姿も、トラック競技の結果も、過程はあまり評価されない。「山頂」へと駆け上がる箱根駅伝だけが脚光を浴び、「山の神」と崇(あが)められた。

 「うーん…。純粋に嫌でしたね。あの頃は自分も若かったし、周囲の反応と自分の心とのギャップを埋められなかった。山の神と呼ばれてうれしかったことはないかな」

 ことし3月いっぱいで陸上競技に終止符を打ち、現在は富士通のアメリカンフットボールチーム「フロンティアーズ」のマネジャーを務める。表舞台から黒子役へ。広報活動や練習の手伝い、内勤ではスーツ姿で選手が会社に提出する書類を作成する。周囲には過程の大切さを理解してくれる仲間がいる。

 「裏方が機能しないとチームは機能しない。それを選手たちが分かってくれるので、すごくやりがいを感じます。箱根の時より今の方が充実しているんじゃないですかね」

 アメフトは日本ではメジャースポーツとは言い難い。「富士通フロンティアーズ」の名を浸透させ、もっと盛り上げる。それが今の目標だ。

 「自分が広告塔になってもいい。一度、実際に試合を見て魅力を感じてもらえれば。集客できることをいろいろ考えていきたい」

 何ができるかと頭を悩ませる。険しい山道。まだ山頂は見えない。試行錯誤しながら「逆境の、山の中腹」を上っている。だからこそ、おもしろさがある。

 文・森合正範/写真・平野皓士朗、潟沼義樹/デザイン・高橋達郎

 

この記事を印刷する

PR情報

記事一覧