東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > ドナルド・キーンの東京下町日記 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【ドナルド・キーンの東京下町日記】

「源氏」の美に救われ

ウエーリ訳の「源氏物語」を手に笑顔のドナルド・キーンさん=東京都北区で

写真

 今月一日は「古典の日」だ。「古典に親しもう」という思いを込めて昨年、法制化された。日本には素晴らしい古典が多々あるが、その一つ『紫式部日記』の一〇〇八年十一月一日に『源氏物語』についての最古の記載がある。それにちなんだ記念日だ。私の日本文学研究の旅も一九四〇年のちょうど今ごろ、思わぬ出来事で始まった。

 当時、十八歳の私はナチス・ドイツの脅威に憂鬱(ゆううつ)だった。ナチスはポーランドに侵攻し、フランスも占領していた。第一次世界大戦で出征した父が大の戦争嫌いで私も徹底した平和主義者。「war(戦争)」の項目を見たくないので百科事典の「w」のページは開かないようにしていた。ナチスの記事が載った新聞を読むのは苦痛だった。

 そんなある日、私はニューヨークのタイムズスクエアでふらりと書店に入った。目についたのがウエーリ訳の『源氏物語』。日本に文学があることすら知らなかったが、特売品で厚さの割に四十九セントと安く、掘り出し物に映った。それだけが買った理由だった。

 ところが、意外にも夢中になった。暴力は存在せず、「美」だけが価値基準の世界。光源氏は美しい袖を見ただけで女性にほれ、恋文には歌を詠む。次々と恋をするが、どの女性も忘れず、深い悲しみも知っていた。私はそれを読むことで、不愉快な現実から逃避していた。

 『源氏物語』のテーマは普遍的で言葉の壁を越える。日本人が思う以上に海外での評価は高く、十カ国語以上に翻訳されている。英訳もウエーリ訳のほか、日本文学研究家のサイデンステッカー訳と私の教え子のタイラー訳がある。その中でも、私にはウエーリ訳が一番だ。

 私の尊敬する翻訳家ウエーリは特異な天才だった。日本語を含め複数の言語をいとも簡単に独学で習得し、『枕草子』など多くの英訳本を書いた。ロンドン在住で日本政府に招請されたが「平安朝の日本にしか関心がない」と応じず、日本には一度も来なかった。

 ウエーリは原文の文章を一度読んでは少し考え、後は確認せずに訳した。原文と英訳が大体同じなら、そのままにした。その方が自然な英語になるからだ。実際には不正確な訳もあり、サイデンステッカー訳やタイラー訳の方が原文に忠実なのだが、どうしても翻訳色が抜けない。その点、ウエーリ訳は英文小説として傑作なのだ。

 『源氏物語』の現代日本語訳はいくつかあり、谷崎潤一郎訳が有名だ。私はウエーリの英訳と谷崎の現代語訳を比較し「ウエーリが優れている」と文芸誌に書いたことがある。だが、谷崎に不遜だったと反省し、わび状を書いた。返信には「何も気にかけてをりません」。私はホッとした。

 谷崎は『源氏物語』に影響を受けたようで「源氏を現代語訳しなければ『細雪』もなかったのでは」ともいわれている。終戦直後の四八年ごろだったと思う。谷崎は三冊本の『細雪』にサインしてウエーリに送った。日本の現代文学に無関心だったウエーリは読んだが、食指は動かなかったようで、三冊本を私にくれた。私は『細雪』を傑作だと思った。だが、谷崎の「私の源氏も訳してほしい」という願いはウエーリには届かなかった。(日本文学研究者)

 

この記事を印刷する

PR情報