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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

年齢にとらわれず

静かな森の中にある別荘で石川啄木の研究に専念しているキーンさん=長野県軽井沢町で(鈴木伸幸撮影)

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 月に一、二度、講演会に呼ばれて、話すことがある。会場で質問されるのは、親しかった三島由紀夫や川端康成など大抵は日本の大家についてだが、次に多いのが「何でそんなに元気なのですか?」。実は三年前に退職した米コロンビア大の最終講義でも学生から同じ質問を受け苦笑した。

 のっけから落胆させてしまいそうだが、秘訣(ひけつ)など何もない。祖母の一人は百歳まで元気だったので、遺伝的に恵まれているのかもしれない。だが、私は健康に無頓着で自分の血圧すら知らない。健康診断で数値を言われても、それが喜ぶべきか、悲しむべきか分からない。運動は心掛けていない。食事も栄養のバランスは考えずに、食べたい物を食べている。

 そこで皮肉屋の私は質問にこう答えている。「『健康にいい』という話には耳を傾けず、何も気にしないことです」

 今月は「敬老の日」がある。今年で私は九十二歳になったが、年齢を意識することはほとんどない。いや、正確には五十五歳になってから考えなくなった。それは子どものころ、父がどういう訳か悲観的で「人間は五十五歳になる前に死ぬべきだ。何の役にも立たなくなる」と私に諭したからだ。当時の私には、遠い未来の話で「そんなものなのか」と受け入れていた。

 だが、実際には年齢の線引きに意味はない。私が最も影響を受けたのはコロンビア大で薫陶を受けた角田柳作先生だ。学生として初めてお会いしたときに既に六十代。教えることに情熱的で八十七歳で亡くなる直前まで教壇に立ち続けた。

 作家の野上弥生子とは、彼女が九十代のときに二度、対談した。創作意欲は衰えず、彼女は九十九歳で亡くなるまで書き続けた。

 日本人ばかりではない。私がクラシック音楽にのめり込むきっかけとなったNBC交響楽団の指揮者だったアルトゥーロ・トスカニーニはジュゼッペ・ベルディのオペラを七十代で見事に披露した。そのベルディは八十歳を前にオペラ「ファルスタッフ」を制作し、大成功した。私の父も八十代まで生き、晩年が最も幸せそうだったのだから「何をか言わんや」である。

 私も年は取った。健康に留意していた友だちが不思議と早く亡くなり、同年代は数えるほど。三年半前には私も痛風が元で高熱が続き、初めて三週間ほど入院した。周りは「寝たきりになるのでは」と心配したそうだ。その病気が元で足の幅が広くなり、特注の靴しか履けなくなった。正座もできなくなった。

 酒も弱くなった。文学者には酒が付きもので、昔は吉田健一や草野心平らともよく飲んだ。だが、今では夕食時にワインを一杯たしなむだけである。

 よく聞くアメリカンドリームに「成功して引退後は南の島でのんびり」というのがあるが、私は考えたこともない。夏の間、私は軽井沢の別荘にいる。別荘といっても庵(いおり)といった方がふさわしい古くて小さな木造平屋建てだ。自慢は風が響き、雨音を肌で感じられる静けさだけ。そこにこもって石川啄木の研究に専念している。本を片手に論文を書き続ける。それが私の生きている証しである。

   ◇    ◇

 今月で連載開始から二年。この間、かつてないほど多くのお手紙をいただき、励まされました。ありがとうございます。

  (日本文学研究者)

 

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