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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

新聞で「今」知る

朝食後に新聞を読むのが日課のドナルド・キーンさん=東京都北区で(神代雅夫撮影)

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 もう六十一年も前になる。京都大学大学院で留学生活を始めた下宿先で「新聞は何を取りますか」と聞かれた。私は「松尾芭蕉の研究に専念したい。新聞を読む時間がもったいない」と断った。奨学金でようやく実現した日本留学。私は古典の世界に浸るつもりでいたのだ。

 直前まで日本語を教えていたケンブリッジ大学では「古典こそが学問」といった雰囲気があり「古今和歌集」を教材にした。学生は十世紀の日本語を使い「まじめな男」のことを「ひたすらなをのこ」と表現した。「源氏物語」を初めて英訳した、私の尊敬する翻訳家アーサー・ウエーリは平安時代の日本にしか関心がなく、来日招聘(しょうへい)に応じなかった。その影響もあった。

 そんな時、思わぬ難題が降りかかった。下宿先の別棟に米国帰りの京大助教授が入ってきた。私は英会話の相手をさせられやしないか−と恐れた。そこで接触を避け、彼とは目も合わせないようにした。

 ところが、下宿先の都合で彼と夕食を共にすることになった。渋々だったのだが、これが私の人生を変える出会いとなった。助教授は後に文部大臣になった永井道雄。教養ある彼は知識をひけらかすでもなく、留学の自慢話もせず、知的な話題を振ってきた。「日本の将来」といった話が好きで実に刺激的だった。永井は一つ年下だったが、いわば私の人生の指南役となり、それからは彼との夕食が日課となった。

 永井との対話を通じて、いくら専門が古典とはいえ、現世を無視することは誤りだと気付いた。目の前には生きている日本がある。「今」に関心が湧き、新聞を読み始めた。それは研究で偏りがちな知識のバランスを取ることにもなった。

 今となっては、朝起きて新聞に目を通すことは生活習慣の一つ。インターネットも活用するが、私は紙に印刷された新聞でないとどうにも落ち着かない。

 もちろん、新聞に不満もある。地域ニュースはいいが、国際報道、特に米国報道では表層的な一報に終わりがちで、仕方なく続報はネットに頼っている。また国際報道に限らず、話題が移ろいがちなことも気掛かりだ。今、私が最も知りたいのは東日本大震災と原発事故のその後。それが分かる新聞が一番である。今月中旬、新潟で開かれる年一回の新聞大会に招かれている。私の思いを伝えたいと思っている。

   ◇    ◇

 話は変わるが先月、友人の女優、山口淑子が亡くなった。三年前に共通の知人から「キーン先生によろしく」という伝言とともに自伝本を渡されたのが最後の交流だった。最初の出会いは、私の友人の彫刻家イサム・ノグチとの結婚後。ワシントンでの集まりで、山口は大人気だった。再婚相手の外交官、大鷹弘もニューヨークの知己だ。戦前は李香蘭の芸名で活躍した山口は戦後、「親日の中国人」として裁判にかけられた。そんな経歴から「外交上、ふさわしくない」と思われたようで、大鷹はビルマ(現ミャンマー)へ異動になったそうだ。

 ところが、山口が追い掛けていき、結婚したと聞いた。私は李香蘭主演の映画「支那の夜」の音楽をハワイで日本人捕虜に聞かせたことがある。その話をしたが、山口は何も答えなかった。二つの祖国に複雑な思いがあったのだろう。私と同時代を生きた大女優のご冥福を祈るばかりである。 (日本文学研究者)

 

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