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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

他国学び 自国を知る

大きな絵馬などが飾られた明治神宮の南神門の前で守護矢を手にするドナルド・キーンさん=東京都渋谷区で(川上智世撮影)

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 日本人になって三度目の新年を迎えた。元日には古くからの友人に招待されておせちを楽しんだ。門松としめ縄で、おめでたい気分になり、日本の良さを再認識したところである。そんな私には最近、気掛かりなことがある。そこかしこで耳にする「日本はもうだめなのでは…」といった悲観論だ。新年、まずはそれについて考えたい。

 今年で第二次世界大戦の終戦から七十年。戦後、奇跡的に復興した日本だが、このところ少子高齢化、格差拡大といった問題が深刻化している。悲観の度合いは中国などの経済的台頭に伴って高まっているようだ。確かに問題はあり、対応が必要だろう。だが、日本は依然、豊かな国の一つであり、社会は安定し、教育や科学技術の水準も高い。世界における日本の存在感は何も変わっていない。

 戦前を思い起こせば、ニューヨークにあった日本料理店は一軒だけ。米国で「外国」といえば欧州のことで、日本について正しい知識を持った米国人はまれだった。私も十八歳で英訳版「源氏物語」を読むまでは、日本に文学があることすら知らなかった。

 そこで戦時中、米国は日本について猛烈に知ろうとした。その一例が海軍日本語学校。私も含め、約一千人がそこで学んだ。戦後も日本と関わった卒業生は限られてはいるが、それでも日本には大きな遺産となった。川端康成のノーベル賞受賞はエドワード・サイデンステッカーの英訳と無縁ではない。同志社大教授だったオーティス・ケーリは日米の懸け橋となった。二人とも卒業生だ。

 私が一九五六年に日本の代表的な作品を英訳して出版した「日本文学選集」は世界中の大学で教科書として使われ、半世紀以上たった今も版を重ねている。

 日本文学の英語以外の言語への翻訳も増えた。数年前、私が訪問した大西洋に浮かぶポルトガル領のマデイラ島にさえ、現地語訳の「源氏物語」があった。今や村上春樹は欧米でもベストセラー。日本文学は世界に認められている。

 私は冗談半分で「米国の食文化は日独伊という戦時中の枢軸国に占領された」と話すことがある。どこへ行ってもすし屋、ハンバーガー店、ピザ店がある。日本文学もしかりで、海外で日本文学専攻の学生は増えている。世界大戦で日本は敗れたが、戦後、日本文化は勝利を収めたのだ。

 むしろ問題は日本人の意識である。日本文学を学べる大学は減り、専攻する学生も減っている。日本文学に限らず自国への誇りが薄れ、私には自虐的になっているように映る。排外主義を訴えるヘイトスピーチも日本人としての自信喪失と表裏一体の問題ではないだろうか。排外主義の行き着く先は第二の鎖国。戦前回帰といってもいい。

 最近、「海外や外国語へ無関心な大学生が増えている」と聞いて驚いた。国際社会では主要国として認識されている日本なのに、内向きな若者が増えているのだろうか。

 今春、出版される高校生向けの教科書「ユニコーン」(文英堂)に私は「Why Study Foreign Languages?(なぜ外国語を学ぶのか?)」と題した随筆を書いた。外国語を学び海外を知ることは日本を知ることでもある。「井の中の蛙(かわず)」は国際社会にとって危険ですらある。 (日本文学研究者)

 

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