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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

知的で活発 98歳女性

左からジェーン・ガンサーさん、ドナルド・キーンさん、ガンサーさんの友人マリー・リッチーさん、キーンさんの養子・誠己さん=ニューヨーク・アッパーイーストで(鈴木伸幸撮影)

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 今月で私は九十三歳。長寿の部類ではあるが、医学の進歩もあって最近は、そう珍しくもないだろう。日本では少子高齢化が問題視され、高齢者の増加がまるで社会悪かのようにいわれている。だが、誰もが年を取るし、年齢と能力は別である。米国では履歴書に年齢を書く欄はないし、年齢を理由に求職者を受け入れなければ法的問題となる。建前かもしれないが、私はその考え方に賛成である。

 先々月から先月にかけて、私は米国とイタリアなどに講演旅行にでかけた。多くの友人とも旧交を温めたが、彼らは世間的には高齢者ばかりだ。だが、皆が皆、年齢を感じさせず、私はエネルギーをもらったように感じる。中でも九十八歳のすてきなインテリ女性、ジェーン・ガンサーとの知的会話は掛け値なしに貴重な時間だった。

 ニューヨークの高級住宅街アッパーイーストにジェーンの部屋はある。定期的に家事ヘルパーは来るが、基本的には気ままな一人暮らし。先立たれた夫は「内幕もの」のルポで知られ、日本でもベストセラーとなった「死よ驕(おご)るなかれ」を書いたジャーナリストのジョン・ガンサーだ。彼がソ連の首相だったフルシチョフを取材した時にジェーンも同行して「米国では誰もがこんな美人を嫁にするのか」と言わせた逸話の主である。

 私がニューヨークのコロンビア大で教えるようになった一九五五年からの付き合いだ。彼女が開くホームパーティーに呼ばれるようになり、多士済々と顔を合わせた。ケネディ大統領の妻ジャクリーンにも会った。二十世紀を代表するピアニストのアルトゥール・ルビンシュタインやキューバ危機の時に米国の国連大使だったアドレー・スティーブンソンにも。ジェーンに頼まれ、パーティー常連だった初期ハリウッドの美人女優グレタ・ガルボを芝居にエスコートしたこともある。

 仏教学者の鈴木大拙や映画監督の黒沢明の影響で、五〇年代から六〇年代にかけて、ニューヨークではちょっとした日本ブームだった。日本文学研究者の私も名士たちの関心の対象となった。そんな時代から半世紀以上もジェーンとの関係は続いている。

 彼女が素晴らしいのは、おしゃれで社交的。その上、知的好奇心が旺盛で今でも毎日、新聞を隅から隅まで読み、どんな話題にも自分の意見を持って、サラリと主張できることだ。今回もニューヨーク滞在中に二度、ジェーン宅で時を忘れて会話を楽しんだ。日本の集団的自衛権の行使容認、原発事故の避難者がまだ帰宅できないのに東京五輪の準備を進める矛盾といった話題にも一言はさみ、来年の米大統領選挙に話が及ぶと「気が進まないけど、クリントンに投票するしかないわね」。

 地元紙に戦後特集で載った元特攻隊員のインタビュー記事を私のためにスクラップしていて「この記事はいいわよ。読んでごらんなさい」と勧めてくれた。

 ジェーン宅で会ったジャクリーンの娘キャロラインは駐日米国大使になった。先日、大使公邸に招待され、大使の夫のシュロスバーグに会ったが、彼はコロンビア大で私の授業を受けていたそうだ。何とも奇遇な人の輪。今度は、その話をジェーンにしよう。長生きはするものである。

  (日本文学研究者)

 「東京下町日記」のタイトルカットの文字はキーンさんの自筆。カップや文鎮などは愛用の品々です。毎月1回掲載します。

 

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