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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

「世界のオザワ」に学べ

フェスティバル会場でファンからサインを求められ、笑顔を見せるドナルド・キーンさん=長野県松本市のキッセイ文化ホールで(浅井慶撮影)

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 世界的な指揮者の小澤征爾と先日、対談した。ボストン交響楽団で長く音楽監督を務めた彼は米国でも人気があり、公演に足を運んだこともある。親しくなったのは、二〇〇八年に小澤と私が同時に文化勲章を受章してからだ。私がオペラ好きと知っていた彼は、授章式でまるで古くからの友人のように親しげに話し掛けてきた。それ以来、招待されては「世界のオザワ」の公演を楽しんでいる。

 小澤と私には少なからず共通点がある。一回り以上も年齢差はあるが二人とも戦前派。私がニューヨーク出身なら、小澤は旧満州の奉天(中国東北部・瀋陽)に生まれて欧米を主舞台に活動してきた。私は文学を、そして小澤には音楽を通じて話し合い、議論できる知己が世界中にいる。

 太平洋戦争を知り、海外から日本を俯瞰(ふかん)してきた私たちは、戦後の平和憲法がどう評価され、日本がどう見られているかを肌感覚で分かっている。二人とも徹底した平和主義者なのは、そんな共通体験があるからだろう。対談で小澤は、最近の日本について、戦争を知らない政治家ばかりになっていることを懸念して「何か落とし穴が待っているような気がする」と漏らした。私も全く同感だった。

 私は大学で教え、後進の指導に力を注いできた。小澤もまた若い世代を大切にしている。毎年八月から九月にかけて長野県松本市で開かれ、彼が総監督を務める「セイジ・オザワ松本フェスティバル」でも、特筆すべきは充実した教育プログラムだ。若手育成のほか、聞き手を育てる子ども向けのオペラもある。将来のファンを増やそうという、素晴らしい試みだ。

 私もまた、日本文学のファンを増やそうと努力してきた。最近は研究活動に集中しているので回数は減ったが、講演会に呼ばれては日本文学の魅力を紹介してきた。カルチャースクールで教えたこともある。気になるのは、趣味で日本文学を読む女性は中高年を中心に少なくないのだが、こと大学教育の現場となると、法学や経済学といった実学に押されがちで、文学部にあまり人気がないことだ。

 日本文学の素晴らしさは世界が認めている。むしろ、海外での評価の方が高いようだ。以前、大西洋に浮かぶポルトガル領の小島マデイラを訪れた際、露店に源氏物語の現地語訳が並んでいて、私が驚いたこともある。日本の大学では日本文学を学ぶ中国などからの留学生が増え、欧米では日本文学の専攻生が増えている。外国人が日本文学に関心を持つことは喜ばしい限りだ。ところが、本家の日本では文学部の縮小が続いている。そのうち外国人が日本人に日本文学を教えることが当たり前になるかもしれない。

 私は自分の専門分野の古典で「日本の学校教育は間違っている」と思っている。外国語でも教えるかのように、最初に原文で文法を暗記させるのでは味気ない。まずは文学としての面白さを教えるべきだ。私は源氏物語の英訳で日本文学の素晴らしさに気付いた。英訳があるように日本には優れた現代語訳がある。

 小澤は、オペラをかみ砕いて子どもにも食べやすくした。それを見習って、古典も敷居の低い現代語訳で始められないものだろうか。

  (日本文学研究者)

 

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