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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

寂聴さん似た者同士

瀬戸内寂聴さん(左)と、互いの近況の話で盛り上がるドナルド・キーンさん=京都市右京区の寂庵で

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 先日、京都・嵯峨野の寂庵に作家の瀬戸内寂聴さんを訪ねた。知り合ってから、もう三十年近い付き合いの友人である。昨年五月に背骨の圧迫骨折で入院され、その後、胆のうがんも見つかって、手術を受けられたそうだ。随分と心配したが、お目にかかると元気そのもの。ほぼ二年ぶりの面会に、話は弾んだ。

 共に一九二二年生まれで太平洋戦争を経験した九十三歳。寂聴さんの誕生月は五月で六月の私とは一カ月しか違わず、日本文学を軸に同じ時代を生きたからか、私たちの意見は何かと一致する。

 集団的自衛権の行使を容認する新安全保障法制に反対して国会前の集会にも参加した寂聴さんが「今の政治家は戦争を知らない」と批判すれば、私も「日本と米国が一緒に戦争するのは恐ろしいこと」と同意した。福島原発で大事故があったにもかかわらず、原発が再稼働している現状に、寂聴さんは「日本には火山がある。地震も多くて危険」と反原発を主張すれば、私は「脱原発のドイツを見習うべきだ」とうなずいた。

 余談ながら最近、寂聴さんと私が出した本にも共通点がある。偶然にも表紙にそれぞれの似顔絵が大きく描かれ、どことなく似た装丁だ。数カ月先に出た寂聴さんの本は販売好調で「パッと見て『面白そう』と思ってくれるみたい。キーンさんのお顔の本も売れますよ」とおだてられ、噴き出してしまった。

 話は尽きない。今月一日は「古典の日」、三日は「文化の日」。話題は私たちが愛する日本文学に移っていった。

 まずは、私が評伝を書いた歌人の石川啄木。寂聴さんの少女時代に啄木ブームがあったそうで、何度も歌集を読んでは歌を覚えたという。さらには、私の友人で作家の三島由紀夫。寂聴さんがファンレターを書いたところ「三島さんが『いつもは出さないけれど、あなたの手紙は面白いので』と返事をくれた」そうだ。そこで小説を読んでもらうと「『手紙は面白いのに、小説は何てつまらないんだ』と言われた」と秘話を打ち明けられ、またしても大爆笑だ。

 話は古典に及んだ。「源氏物語」の英訳を読んで日本文学に傾倒した私は、日本の古典教育は間違っていると思っている。いきなり原文で文法を教えられても味気なく、敬遠されてしまう。「源氏物語」には寂聴さんの現代語訳もある。読みやすい現代語訳で文学として楽しみ、それから原文に当たればいい。

 女子短大の学長を務めたことのある寂聴さんも「どうすれば学生が古典に関心を持ってくれるか」と腐心したそうだ。寂聴さんのアイデアは「源氏物語」の漫画本だった。

 「まずは、好きになってもらわないと。よくできている漫画本があったので何十冊も買って『読んでみなさい。面白ければ原文も読みなさい』と言ったら、結構、関心を持ってくれた。それと色っぽいところを事細かに説明すると、喜んで聞いてくれてね」

 私もまた井原西鶴の好色物をお薦めの古典にしている。確かに古典は少し難しい。けれども、時代を越えて残るには理由がある。二度、三度と読めば必ず良さが分かる。寂聴さんも私も、多くの人が古典の入り口に立ってくれるよう願っている。(日本文学研究者)

 

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