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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

忠臣蔵は世界に通ず

忠臣蔵公演の控室でラリー・コミンズ教授(左)と談笑するドナルド・キーンさん=鈴木伸幸撮影

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 米西部オレゴン州のポートランド州立大学で学生が中心となって演じた英語歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」を観劇してきた。監督は私の教え子で同大教授のラリー・コミンズ君(64)。二月から三月にかけての八回公演で初日は演技が硬かったが、回を重ねるごとに目に見えて完成度を上げたそうだ。私が観劇した最終日は見事なばかり。コミンズ君の忠臣蔵は原作に忠実ではなかったが、外国人に喜ばれるような演出で大成功だった。

 忠臣蔵を一九七一年に最初に英訳したのは私だ。それをハワイ大のジェームズ・ブランドン教授が脚本化して、七九年に同大で初めて公演した。今回が三十七年ぶり二度目となるが、日系人が多いハワイとは違う米本土では初めてで、歴史的公演に多くの日本メディアが取材に訪れた。その歴史を作ったのはコミンズ君の情熱だ。

 彼が初めて忠臣蔵を見たのは大阪で七八年だった。私が六十年以上も前の京大大学院に留学時、「日本文化を知ろう」と狂言を習ったが、コミンズ君も歌舞伎に引かれ、三味線を習い始めた。日本研究で知られるポートランド州立大の教壇に立ってからは「歌舞伎演技」という実習科目を作った。自らが音楽を担当する地方(じかた)となって、学生とともに、これまでに「外郎売(ういろううり)」「鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)」などを上演した。だが忠臣蔵のような大作となると話は別。衣装や道具なども大掛かりだ。

 コミンズ君は二年前から動き始めた。ニューヨークに本部がある米日財団が賛同して助成金を出してくれた。ハワイ大から七九年に使った衣装を貸してもらうことになった。だが、決して資金は潤沢ではない。カツラは日本のゴム製玩具に手を加えて作り、模造刀は古物商から借りた。

 実は、こうした衣装などの担当はコミンズ君の妻の寿美さんだった。古い衣装なので傷みやすく、舞台稽古が始まると、補修は連日深夜に及んだ。着付けや白塗りの化粧には寿美さんの友人、知人の他、妹を東京から呼び寄せて手伝ってもらった。

 日本文学や演劇を学ぶ学生を中心に約百十人が集まって、今年一月に「コミンズ一座」を結成。歌舞伎の映像を見ることから始まり、歩き方、座り方、お辞儀の仕方を連日、連夜繰り返し、一方でせりふを覚えて準備を進めた。

 私は常日頃、「日本の文学や伝統芸能には世界に通じる普遍性がある」と主張している。忠臣蔵は典型だ。義士の忠誠心や高潔さには胸を打たれ、感情を内に秘めての静かな演技は心に響く。

 公演に合わせて、私の教え子たちが各地の大学からポートランドに集まってくれた。皆が皆、有能なジャパノロジストだ。彼ら、彼女らによれば、米国で日本文学は古典のみならず近、現代も人気。専攻する学生も増えている。

 最近、日本では経済効率や実学が優先され、文系の学問や伝統文化が軽んじられる傾向がある。だが、それは間違いだ。「クール・ジャパン」と造語される前から、海外で評価される普遍的な日本がある。今回の観劇で、義士たちの「エイエイオー」の掛け声を聞きながら、それを再認識した。

 ◇ 

 熊本震災で被災した皆さんが大変な苦労をされていることに心を痛めています。熊本には講演などで何度か行きました。熊本城が印象的な美しい街でした。どうか気落ちせずに。必ず立ち上がれます。

 (日本文学研究者)

 

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