東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > ドナルド・キーンの東京下町日記 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【ドナルド・キーンの東京下町日記】

日本へ導いた大恩人

アーサー・ウエーリ氏のサインが入った本を手にするドナルド・キーン氏=東京都北区で(七森祐也撮影)

写真

 私には尊敬し、あこがれていた人がいた。「源氏物語」を初めて英訳したアーサー・ウエーリだ。私が学生時代、ニューヨークのタイムズスクエアの書店に彼が訳した「The Tale of Genji」が特売品として並んでいた。「安かった」というだけの理由で買ったが、ページをめくると、そこは繊細な愛憎と美の世界。その感動が、私を日本文学に導いてくれた。先月末で彼が亡くなって五十年。大恩人のウエーリを追悼したい。

 源氏物語には作家、川端康成の英訳者として知られ彼のノーベル文学賞受賞に貢献したとされるサイデンステッカーの訳や、私の教え子のタイラーの訳もあるが、私にはウエーリ訳が一番だ。必ずしも原文に忠実ではないが英文小説として傑作。この上なく美しい英訳なのだ。それにほれ込んだ作家、谷崎潤一郎が自作「細雪」の英訳を嘆願したほど。しかも、その魅力は時代を超えて生き続け、今も世界中で愛読されている。

 ウエーリは日本語のみならず多言語に才があった。古典中国語も独学で身に付け、老子や孔子を英訳した。欧州の主要言語に加え、サンスクリット語やモンゴル語も理解した。日本でさえ使える人が少ないアイヌ語にも通じていた。私がウエーリに初めて会ったのは英ケンブリッジ大に留学していた一九四九年。ロンドンにある大英博物館の学芸員だった彼が、アイヌ民族の叙事詩「ユーカラ」について講義した時だった。

 私は一時期、「第二のウエーリ」を目指した。だが、「日本の古典は三カ月あれば読めるようになる」と何げなしに言う彼の天才ぶりに、日本文学で手いっぱいだった私はあきらめてしまった。

 ウエーリ訳の源氏物語は英国で高い評価を受け、それを元にイタリア語、スペイン語などに二次翻訳された。もちろん、それだけではない。ウエーリは「万葉集」や「古今和歌集」の他、能の台本である謡曲も英訳して、日本文学の世界的評価を高めた。その貢献度は計り知れない。

 何度も日本政府が招請しようとしたが「関心があるのは平安朝の日本であって、現代日本に関心はない」と断り続けた。それもあってか、ウエーリは日本で知る人ぞ知る存在にとどまっている。

 告白しておこう。私が日本で最初に受けた大きな賞は六二年の菊池寛賞だった。受賞理由は「日本文学を翻訳し、海外へ紹介した功績」。もちろん光栄だったが、ウエーリのことを考えずにはいられなかった。「私よりウエーリがふさわしい。私ではなく、彼に与えられないか。無理なら、賞を共有できないか」と。

 ケンブリッジ大に留学中、列車で約一時間半かけてロンドンに行き、私にとっては神のような存在のウエーリと会うことが楽しみだった。私とは話が合ったが、感性鋭い天才肌で相手構わずにいいたいことを口にする人だった。それが災いしてか、晩年は恵まれていたとはいえない。七十六歳で亡くなるまでの数年間は、私が手紙を書いても返事は来なかった。

 私がウエーリ訳源氏を読まなければ、日本文学研究に人生をささげたかは甚だ疑問だ。日本人として私は幸せな晩年を迎えている。それは彼のおかげなのである。 (日本文学研究者)

 

この記事を印刷する

PR情報