東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > ドナルド・キーンの東京下町日記 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【ドナルド・キーンの東京下町日記】

古浄瑠璃 英国との縁

息子の誠己(越後角太夫)さん(左)の三味線弾き語りを聴くキーンさん=東京都千代田区有楽町で

写真

 人形浄瑠璃文楽の源流とされる古浄瑠璃の「弘知法印御伝記(こうちほういんごでんき)」が今年六月、ロンドンの大英図書館で上演される。三百年以上も前に書かれた御伝記の台本は日本には残っておらず、同図書館に一冊あるだけ。その世界に一冊の台本を基に、七年前に日本で復活上演された御伝記がロンドンに凱旋(がいせん)する。私は、この上演計画に深く関わっている。感慨はひとしおである。

 古浄瑠璃とは、近松門左衛門が活躍する以前の江戸時代初期に、庶民に人気だった人形芝居。素朴な力強さや宗教色が強いことが特徴だ。ただ、大衆芸能には浮き沈みがある。演劇性が高い近松作品の義太夫節が人気になると、古浄瑠璃は廃れ、台本も保管されなかったようだ。

 ところが、一九六二年、御伝記は意外な場所で見つかった。大英博物館の図書館(現大英図書館)だ。発見者は、私の推薦で英ケンブリッジ大学に教えに行った早稲田大学名誉教授の鳥越文蔵さん。依頼されて調べたところ、日本にはない台本と気付いたのだ。

 日本が海外交流を制限していた江戸時代、御伝記を国外に持ち出すことはご法度。なぜ、ロンドンにあったのだろうか。調べると、長崎・出島に渡来したドイツ人医師ケンペルが、十七世紀末に離日する際に土産物として持ち帰ったようなのだ。それが、ケンペルの死後、大英博物館の所蔵物となった。だが、当時の学芸員は日本語を読めず、御伝記は中国の文書と一緒に倉庫に収められていた。鳥越さんに見いだされなければ、今も倉庫に眠っていたかもしれない。

 御伝記は、フィクションではあるが、実話が基になっている。新潟県長岡市の西生寺(さいしょうじ)に、日本最古の即身仏として安置されている弘智法印がモデル。遊郭が好きで道楽を繰り返した主人公が妻を亡くして出家し、幾多の苦難を乗り越えて即身成仏するという物語だ。

 今は私の養子である上原誠己は御伝記ゆかりの地、新潟県出身で文楽の三味線弾きだった。そこで、二〇〇七年ごろだったか、私は御伝記の復活上演を勧めた。誠己は、文楽に残る古風な節などを参考に、試行錯誤の末に弾き語りを復元。幸い、誠己の実家からそう遠くない佐渡島には、古浄瑠璃に属する文弥節の人形の遣い手、西橋八郎兵衛さんがいた。西橋さんの協力もあって、御伝記は〇九年、新潟県柏崎市で約三百年ぶりに復活上演された。

 世界中に人形劇はあるが、ほとんどは子ども向け。浄瑠璃のような文学性、芸術性が高いものはどこにもない。アニメといったソフトを「クール・ジャパン」と呼び、輸出するのも悪くはないが、そのはるか昔から日本には世界に誇るべき古典芸能があったのだ。

 ケンペルが持ち出した御伝記が、時代を超えてロンドンで鳥越さんに発見された。それを、誠己と西橋さんが復活上演。そして、国際交流基金の協力もあって、ロンドンに凱旋する。弘智法印の人生にも通じる、何とも不思議な巡り合わせだ。 (日本文学研究者)

 

この記事を印刷する

PR情報