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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

五輪の闇 報じるべき

古浄瑠璃「弘知法印御伝記」の公演成功に笑顔のドナルド・キーンさん(右)と養子の誠己さん(中)。左は人形遣いの西橋八郎兵衛さん=ロンドンの大英図書館で(鈴木伸幸撮影)

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 前回の小欄に、私が自転車に当て逃げされたことを書いたところ、多くの読者の皆さんからお見舞いの手紙が届いた。中には「また、事故に遭いませんように」と、お守りを送ってくれた方もいた。街中でも「大丈夫でしたか?」と声を掛けていただいた。右肘の擦り傷は大したことはないが、痛かったのは心の傷。それも皆さんのお気遣いで、すっかり完治した。

 この連載を始めて今年で六年目になるが、ほぼ毎回、手紙が届く。今月で九十五歳の私は、残された時間を研究活動に使うために返事も書かず、申し訳なく思っている。だが、温かい手紙は、私の活力になっている。この紙面をお借りして、お礼を申し上げたい。

 ところで、意外なのだが、これまでに一番、手紙が多かったのは、私の専門分野の日本文学がテーマだったときではない。昨年九月に、リオデジャネイロ五輪の報道を批判したときだった。新聞もテレビも、日本選手の活躍ばかりを大きく報じた。その影響で他の重要なニュースが押しつぶされ、まるで全体主義国家にいるような気分がした。

 スポーツには縁がなく、メディア論も門外漢の私だが、五輪という強い光によって、ほかのニュースが見えなくなることに違和感があった。二〇二〇年の東京五輪に向けても、懸念がある。私への手紙が多かったことからして、共感した読者が多かったのだろう。

 あれから九カ月たって、私の懸念はますます深まっている。最近では、東京五輪でのテロ対策にかこつけた「共謀罪」法案が、数の力で衆議院を通過した。五輪とは全く関係がないのに、平和憲法を二〇年に改正しようとする動きも顕在化している。

 私は、もともと東京五輪には反対だ。まだ、その時期ではない。「復興五輪」と銘打ちながら、東日本大震災や原発事故の被災地の復興とは無関係だ。むしろ、五輪関連の公共事業によって職人が不足し、復興の遅れや費用の高騰を招いていると聞く。原発事故の後始末もこれからだ。

 被災地にもスポーツ観戦が好きで、東京五輪を楽しみにしている人もいるだろうが、大震災から六年たっても、それどころではない被災者は少なくない。

 五輪の競技施設の建設にしても、東京都知事が代わって、少し見直しをしただけで何百億円も事業費が減額となったことは、誰が見ても不可解だ。まだまだ、五輪の光に隠れている闇はあるはずだ。

 今、私は実行委員長を務める古浄瑠璃「弘知法印御伝記」の公演で、一二年に五輪が開催されたロンドンに滞在している。ロンドン五輪は大会後の再開発が評価され、先進国型五輪の成功例とされるが、その背景には積極的な情報公開による住民理解があった。開催から五年の今も是非の議論は続いている。東京五輪の開催返上は非現実的にせよ、その光に幻惑されずに、批判すべきを批判し、報ずべきを報じるジャーナリズムが試されていると思う。 (日本文学研究者)

 

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