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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

英留学 20代懐かしむ

終戦直後に5年間留学したケンブリッジの大学街を歩くキーンさん=6月6日、ケンブリッジで

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 先月、古浄瑠璃「弘知法印御伝記(こうちほういんごでんき)」の公演でロンドンに出かけてきた。御伝記は十七世紀後半の作品だが、日本には台本は残っておらず、「幻の浄瑠璃」と言ってもよい。江戸時代に日本から持ち出された、その台本を保管しているロンドンの大英図書館での公演だ。国際交流基金などの協力で実現し、大成功だった。

 私は、大英図書館で御伝記の実物を、初めて読んだ。経年劣化で少しだけ赤茶けてはいたが、とても三百年以上も前に刷られたとは思えない、素晴らしい保存状態だった。

 大英図書館はもともと大英博物館の図書部だった。それが、一九七三年に独立した。蔵書は約一億五千万点と世界最大級で、古今東西の貴重な資料が保管されている。公演を行ったホールも立派だった。蔵書には私の著作全集もあり、頼まれてサインを書いた。

 公演後、「せっかくロンドンに来たのだから」と同行取材のテレビ・クルーとケンブリッジに向かった。終戦直後に五年間留学した場所だ。五三年以来だから実に六十四年ぶり。最初に母校のコーパス・クリスティ・カレッジへ行った。窓辺から花が見える私の研究室は当時のままだった。

 皇太子時代の今上天皇がエリザベス女王の戴冠式出席で訪英し、ケンブリッジを訪問されたことがある。私が案内役だった。トリニティ・カレッジの図書館に、今上天皇の訪問を知っている学芸員がいた。私は、今上天皇の歓迎会で出されたデザートのケーキに、日の丸がデザインされていたことを思い出した。今上天皇が美智子妃殿下とお会いになる前のこと。私は妃殿下より先に陛下とお知り合いになったことを、ちょっとした自慢にしている。

 講義を取っていた哲学者のバートランド・ラッセルに、ペンを貸したことが縁で「ビールを飲もう」と誘われたことがあった。ラッセルがケンブリッジで教えた最後の年だ。今となっては、話の内容までは覚えていないが、ラッセルは十八世紀の英文学を思わせる発音と正確な言葉遣いで話した。別れ際に「君と話すのは実に楽しい。また講義後に飲もう」と言われ、天にも昇る気分だった。

 それから、何度も知的な会話を楽しんだ。キングス・カレッジに近い裏通りにある、その時のバーが今も残っていた。もちろん入ってビールを注文し、ラッセルをしのんだ。

 お恥ずかしい話を一つ。留学時に友人と共同でアパートを買った。目の前が公園で気に入っていたのだが、私がニューヨークに行っている間に友人が売却。私の机や本も一緒に売られて困ったことがある。地図を見ていて、ふとアパート前の通りの名前を思い出し、現地へ行ってみた。見覚えはある。確かにこの通り沿いだった。

 頭の中には、不思議と記憶が眠っているものだ。緑多い大学街を歩くと、あれやこれやと次々に思い出した。先月で九十五歳になった私だが、気分はすっかり留学時の二十代に戻っていた。 (日本文学研究者)

 

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