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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

101歳には負けられぬ

お気に入りのお店「cocofuluCAFE」にケーキを買いに訪れたドナルド・キーンさん=東京都北区で

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 この連載を前回の二月に「月一回」から「随時」に変えたことで、読者の皆さんに随分と心配をおかけしているようだ。「キーンさんに何かあったのか」といった投書が相次いだと聞いた。そんな気遣いはうれしい限りだが、私は相変わらずに元気にやっている。ただ、さすがに九十五歳だ。毎月、締め切りに追われるのは少々つらい。そこで、随時とさせていただいた。説明が不十分で大変、失礼しました。

 それに、この二カ月半ほど、ちょっと忙しかった。三月には、ほぼ二年ぶりにニューヨークに出かけた。今年、米東海岸は冬が長引き、三週間の滞在中、大雪にも見舞われて外出時は厚手のコートだった。それでも、大好きなオペラを堪能し、メトロポリタン美術館にも足を運んだ。しかし、何より楽しかったのは、六十年来の付き合いの友人、ジェーン・ガンサーとの時間だった。

 私も高齢ではあるが、ジェーンは六歳も年上の百一歳。立派なのは、昼間はお手伝いさんを雇っているとはいえ、今でも一人暮らし。毎朝、ニューヨーク・タイムズを熟読してニュースを追い掛け、トランプ政権による米社会の分断を嘆き、秋の中間選挙についても考えていることだ。

 ジェーンの夫、ジョンは世界的ベストセラーだった「欧州の内幕」といった「内幕もの」で知られたジャーナリスト。ソ連時代のクレムリンを夫婦で訪問し、フルシチョフを取材したこともある。その時、フルシチョフが「米国では誰もがこんな美人を妻にするのか」とジェーンを見つめた、という逸話が残っている。

 ジェーンのアパートに私が訪ねる時には、いつも白を基調とする服装にネックレスとイヤリングでおしゃれをして、迎えてくれる。ほのかに香水を身にまとい、気品を感じさせる。

 私は米国人、日本人といったくくりで類型化すべきではないと思ってはいるが、おしなべて米国の方が高齢者は元気だ。独立心が旺盛で子どもに頼ることを嫌い、一人暮らしを楽しむ術を知っている人が多いからだろう。それには見習うべきところがある。

 ニューヨークを出発するとき、一番別れがたかったのがジェーンだった。それを見越されていたのだろう。東京の自宅に戻った直後に、彼女から私を励ます手紙が届いた。

 ニューヨークでは春の到来が遅かったが、東京では逆に早い春。帰国直後の三月下旬には、自宅周辺で桜が見頃になった。満開時期が微妙にずれる琉球寒緋桜、枝垂れ桜、八重桜と二週間も桜を楽しめた。

 その一方で、机に向かえば、昨夏に亡くなった元同僚で有数の東洋学研究家だったテッド・ドバリーの評伝を仕上げなければならない。今月上旬には、埼玉・草加で養子、誠己の古浄瑠璃公演があり、同行して一言あいさつした。ありがたいことに、やることがたくさんある。まだまだジェーンに負けてはいられない。 (日本文学研究者)=編集・鈴木伸幸

 

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