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【鉄学しましょ】

志賀直哉と山手線 土屋武之さん

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 1913年8月15日、芝浦の海岸へ遊びに行った志賀直哉は、その帰り道に山手線の線路際を歩いていて電車にはねられ、重傷を負ってしまう。命は助かり、養生に出かけた城崎温泉で感じた生と死の意味を元に執筆したのが、小説「城の崎にて」だ。

 その時分の山手線は小型木造車の時代で、いくつかのタイプが使われていたが、どれが志賀をはねたのかはわからない。ただ、当時の最新鋭車となると、ナデ6110形だ。まさに13年4月から14年にかけて12両が製造された。

 この形式の電車は現存する。鉄道博物館に収蔵、展示されているナデ6141がそれ。この車両そのものは14年製で、文豪を轢殺(れきさつ)しかけた不名誉の疑いはないが、同じ形式が人身事故の当事者であったかもしれない。

 国はナデ6141を今年9月15日付で重要文化財に指定した。技術史上の遺産であることが理由で、志賀直哉とは関係ない。だが、登場した頃のように復元された姿を見ると、「一歩間違えていたら、『和解』も『暗夜行路』も世に送り出されることはなかったのか」と、つい思ってしまう。

 

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