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【鉄学しましょ】

都会逃れた蘆花の名 土屋武之さん

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 人名にちなんだ駅名は日本では珍しい。京王の芦花(ろか)公園駅はそのうちの一つだ。小説家の徳冨蘆花が1907年に青山からこの地(当時は北多摩郡千歳村)へ引っ越してきて、27年に亡くなるまで住んだ旧宅跡が、現在の都立公園「蘆花恒春園」である。

 元は上高井戸と言った駅が改称されたのが37年。夫人が、東京市へ一切を寄付した翌年のことであり、昭和の初めのころの人気作家ぶりというか、知名度の高さを表している。

 蘆花が住んでいた当時の13年。京王電気軌道が笹塚−調布間を開業させ、上高井戸駅も設けられた。純農村へ鉄道建設の喧噪(けんそう)が訪れた様(さま)は、「みみずのたはこと」でも「東京が大分(だいぶ)攻め寄せて来た」と表現された。

 都会から逃れたのに、都会の方から追いかけてきたとは何たること、という心持ちだろう。電車開通を見込んだ地価高騰も嘆かれ、工事の騒音は「早晩儂(わし)を此(この)巣から追い立てる退居令の先触(さきぶれ)ではあるまいか」と不安にさせている。

 現在の芦花公園は高級住宅街で、農村の面影はもはやない。唯一の名残が自分の名を冠した公園とは、蘆花も苦笑せざるを得ないところだろう。

 

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