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【鉄学しましょ】

流れ流れ、あら?玉野 土屋武之さん

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 歌人の斎藤茂吉は1882年、現在の山形県上山(かみのやま)市金瓶(かなかめ)に生まれた。生誕地の最寄り駅は奥羽線の、その名も茂吉記念館前。1952年の開業当時は北上ノ山駅という名前で、53年に没した茂吉が利用する機会はなかった。

 帰省や疎開時に使ったのは上ノ山駅(現かみのやま温泉駅)で、4キロ以上の道を1時間かけてたどった。第2歌集「あらたま」には「足乳根(たらちね)の母に連れられ川越えし田こえしこともありにけむもの」と、故郷を母と共に歩いたことを詠んだ歌もある。

 金瓶に駅が設置される話もあった。戦後、山形−上山間に最新式の高速電気鉄道を建設し、旧態依然たる蒸気機関車が引く国鉄から客を奪おうという「蔵王高速電鉄」の計画で、茂吉の生家近くを通ることになっていたのである。

 49年に着工されたものの、朝鮮戦争による資材高騰で工事は中止。電車も既に発注されていたが代金が払えず、備南電気鉄道(岡山県)が引き取ったといわれる。65年に高松琴平電気鉄道に移り、2006年の引退後は1両が岡山県玉野市内で保存された=写真。

 金瓶駅が開業していたとしても、茂吉は既に晩年。乗り降りができたかはわからないが、ひょっとすると、この電車の歌が生まれていたかもしれないと、遠く岡山で想像するのも楽しい。

 

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