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【タイムライン】

被災球児よ 夢をつかめ 中日・山井が気仙沼で野球教室

キャッチボールする中日の山井を見る子どもたち=宮城県気仙沼市の気仙沼小で

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 東日本大震災で津波の被害が大きかった宮城県気仙沼市で今月3日、プロ野球・中日の山井大介投手(38)が野球教室を開いた。今年で3年目を迎える活動に同行取材するとともに、個人アスリートの継続的な被災地支援の現状について調べた。 (松山義明)

 港町を望む丘のグラウンドに歓声が響いた。気仙沼市の気仙沼小学校に、地元の小、中学生約60人が集まった。軟式球を使ったゲーム形式の練習では、山井が参加者に一人ずつ助言を送った。「みんな楽天ファンだろうけど、俺が投げるときだけは中日を応援しろよ」。あこがれのプロ選手が冗談を飛ばすと、ワッと笑顔の花が咲いた。

 チームとして参加したのは気仙沼小野球部と、津谷、馬籠両小合同の本吉ロビンファイターズ。学校が市中心部にある気仙沼小の及川稔監督(57)は「ようやく親の目が教育にいくようになったのか、部員は増えてきた」と話す。

 対照的なのは本吉ロビン。山側に位置する馬籠小は震災が過疎に拍車をかけ、来年度には津谷小へ統合される。部員は減り続けており、菅原淳二監督(39)は「プロとの触れ合いをきっかけに、野球人気が盛り返してくれれば」と期待する。

 復興は思ったように進んでいない。いまだ市内の球場は仮設住宅で埋まり、地域の大会は50キロ離れた岩手県一関市で行う。気仙沼小の校庭も隣接する中学校と共用。中学側に仮設住宅が立っているからだ。一つのグラウンドを小、中学校の他競技と譲り合って使うため、練習も満足にできない日々が続く。

 だからこそ、プロが訪れる野球教室は特別な催しとなる。基礎練習の大切さだけでなく、あいさつ、用具の後片付けといったものまで、この3年間で自覚的にできるようになった。「私たちが同じことを言っても、子どもの受け取り方は全然違う」。及川監督は頼もしそうに笑った。

 発端は2013年オフ。家庭の事情で親元から離れた子どもが暮らす同市の児童養護施設「旭が丘学園」に山井が野球用具を届けた。震災から3年近く過ぎても野球少年たちの置かれた状況が変わっていないことを知り、翌14年から施設慰問とともに小学校で野球を教え始めた。山井自身も兵庫・神戸弘陵高1年時に阪神大震災で被災。「好きな野球ができない辛(つら)さは、身をもって知っていた」

 プロ16年目の来季は球界3番目の年長投手となる見込み。そんな右腕の願いは「参加者から甲子園の出場者が出てくるまで現役を続けること」。子どもたちの笑顔が山井にとっても力になっている。

錦織圭(左)から義援金を受け取る岩手大の浅沼道成教授(右)ら=11月26日、有明コロシアムで

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◆被災地支えるアスリート 義援金で育成や大会

 アスリートやスポーツ関係者による支援は東日本大震災の直後から活発に行われている。日本オリンピック委員会(JOC)や東京都といった団体が活動の中心になってきた。被災者と支援者をつなぐコーディネーターを務める岩手大、浅沼道成教授(58)=スポーツ社会学=は「まだ地域は受け身。善意の機会をまちづくりに生かす仕組みをつくる必要がある」と訴える。

 震災から1、2年は多くの現役選手が被災地を訪ね、触れ合いや競技指導が各地で見られた。浅沼教授は「暗い時期に笑顔を引き出してもらえ、たくさんの被災者が『自分も夢を持てた』と感謝した」と振り返る。

 ただ、当時は生活の復興が最優先。熱意で突き動かされた支援者が次々と被災地入りしたが、現地の体育協会や競技団体が実態を把握できないまま手助けしきれず、「成果が泡のように消えてしまった事業もあったはず」と指摘する。

 反省を生かし、最近では競技団体と連携を深め、継続性を重視した取り組みが増えてきたという。例えば、チャリティーテニスの義援金を被災地のテニス協会に分配して選手育成や大会運営に生かす。また、トップアスリートが講師を務める教室に、スポーツを続ける上で重要な年代の中学1、2年生を中心に招くなどの工夫を凝らす。

 復興を掲げた東京五輪・パラリンピックは4年後。浅沼教授は言う。「エネルギーをもらえるチャンス。地域で何が求められているか分析し、スポーツの力を長期的に生かせるように、被災地が積極的に動かなければいけない」

 <山井大介(やまい・だいすけ)> 兵庫・神戸弘陵高から奈良産大、河合楽器を経て2001年ドラフト6巡目で中日に入団。2007年11月、日本ハムとの日本シリーズ第5戦で8回を投げて岩瀬につなぎ、史上初の継投による完全試合を達成。13年6月のDeNA戦で史上77人目の無安打無得点試合を飾った。14年は13勝(5敗)で最多勝と最多勝率を獲得。今季は33試合で1勝8敗、防御率4・52。179センチ、82キロ。右投げ右打ち。38歳。大阪府出身。

 

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