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【タイムライン】

ホンダ再起へ栄光と決別 マクラーレンとの名門コンビ 最後の鈴鹿

日本グランプリ決勝で入賞を逃したマクラーレン・ホンダのアロンソ。後方はバンドーン=8日、鈴鹿サーキットで

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 三重県鈴鹿サーキットで8日に行われた日本グランプリ(GP)決勝で、今季限りでコンビを解消するマクラーレン・ホンダ勢はフェルナンド・アロンソ(スペイン)が11位、ストフェル・バンドーン(ベルギー)が14位と3年連続で入賞を逃した。かつて黄金時代を築いた名門コンビは、復帰後の3年間でライバルとの差を埋められなかった。 (平井良信)

 皮肉な最後だった。メルセデスのルイス・ハミルトンが1位でゴールしたすぐ後ろで、周回遅れのアロンソが10位のマシンを追い抜けずに苦しんでいた。かつて表彰台の頂点に君臨したチームの面影はなく、ホンダの長谷川祐介F1総責任者は「最後の鈴鹿でポイント獲得に至らず、非常に悔しい」と語った。

 高低差があり、低速から高速のコーナーが配置される鈴鹿は総合力が試される。ここで3年連続で勝てなかったことが、名門チームの苦難を象徴している。

 2015年にホンダはマクラーレンにエンジンを中心とするパワーユニット(PU)を供給して7年ぶりにF1に復帰。しかし、開発期間が短く、メルセデスやフェラーリら上位に比べてパワー不足は明らか。故障が頻発するなど信頼性でも劣り、1年目は10チーム中9位、2年目は6位に沈んだ。

 大幅改良したPUで挑んだ今季も序盤で出遅れ、9月にはマクラーレンとの提携解消を発表。ホンダのPUだけに不振の原因があるわけではないが、長谷川氏は「想定していたレベルよりはるかに高かった。最初の計画が甘かった」と認めた。

 1988年に16戦15勝と圧倒的な強さを誇った黄金コンビの不調は、F1人気にも影を落とす。決勝の観客数は過去最少の6万8000人。長谷川氏は「勝利を狙える位置にいれば、お客さんの入りや熱狂度も違ったと思う」とほぞをかんだ。

 ホンダは来季、イタリアの中堅トロロッソと組む。人員規模はマクラーレンの3分の1で、優勝は過去に1度しかないが、山本雅史モータースポーツ部長は「われわれの実力はトップにない」と語り、過去の栄光を捨てて再出発の道を選んだ。

 長谷川氏は「信頼性、性能を一段階上げ、結果を期待してもらえるチームを目指したい」と来季の巻き返しを誓った。

決勝前のグリッドでチームスタッフと話すアロンソ(右)=8日

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インタビューに応じるホンダの八郷隆弘社長

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◆競争力つけ夢に挑戦 ホンダ・八郷社長に聞く

 ホンダの八郷隆弘社長(58)がインタビューに応じ、今季限りで関係解消が決まったマクラーレンとの総括や、来季以降の展望を語った。

 −23年ぶりにマクラーレンとタッグを組んで臨んだ3年では表彰台に上がれなかった。

 「一番感じているのは、ファンの皆さんやいろいろな関係者の期待に応えられなかったこと。私を含め、ホンダの全員が悔しい思いをしている。(関係解消は)もう少しチームとしてやりたいという意思はあったが、お互いに話し合って決めたこと。今後も切磋琢磨(せっさたくま)できれば」

 −F1からの撤退は。

 「撤退という言葉は出ていない。レース活動を続けていくということがホンダのDNAだ」

 −来季からはトロロッソにPUを供給する。

 「われわれ自身のポテンシャルを上げて、トップレベルで戦うことを目指していく。トロロッソは若手ドライバーを育成するなど活力があり、チャレンジ精神が旺盛な印象。一緒に挑戦できることはいいことだ」

 −競争力は取り戻せるか。

 「モータースポーツは操る喜びの頂点で、夢のチャレンジ。取り戻さないとやっている意味がない。ホンダは頑張っているな、と思ってもらえる結果を出すことが重要だ」

<マクラーレン・ホンダ> 1988〜92年に故アイルトン・セナ(ブラジル)やアラン・プロスト(フランス)らのドライバーを擁して44勝を挙げ、黄金時代を築く。88年から4年連続で製造者部門とドライバーズ部門の2冠を達成。ホンダは92年のF1撤退後、2000年にBAR(ブリティッシュ・アメリカン・レーシング)にエンジンを供給して復帰するが、08年に撤退。15年に23年ぶりにマクラーレンとタッグを組んだ。

 

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