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【タイムライン】

俊足ママ、五輪へ疾走中 寺田明日香 100障害日本選手権V3

陸上から転向しラグビー女子7人制日本代表を目指す寺田明日香=東京都足立区で

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 一度は逃した五輪の夢を、新たな競技で追い求めている。陸上の日本選手権女子100メートル障害で3連覇など輝かしい実績を持つ寺田明日香(27)がラグビーに転向し、7人制の女子日本代表を目指して挑戦中だ。まったくの素人だった上に子育てもしながらという状況だが、「女子アスリートの可能性を広げられれば」と前向きに捉え、2020年東京五輪出場を目標に掲げている。 (対比地貴浩)

 ラグビーを始めたのは昨年9月から。昨年末に有望選手を発掘する日本協会のトライアウトに合格し、ことし1月に練習生として日本代表の合宿に参加した。陸上の元トップ選手の転向という話題性に加え、100メートルで自己ベスト11秒71の記録を持つ俊足は、ラグビーでも代表の強力な武器になり得るだけに、注目を集めた。現在はクラブチームの千葉ペガサスに所属。5月に国内大会で公式戦デビューを果たし、初トライも奪った。ラグビー特有の激しい接触プレーも「(陸上の)ハードルにぶつかる方が痛い」と問題なし。とはいえ陸上とは勝手がまったく違うため、戸惑うことは多い。

 新幹線−。千葉ペガサスの監督から、こう呼ばれることがあるという。「足は速いけど急に止まれないから」と愛称の主は苦笑する。ゴールまで走りきる陸上と違い、ラグビーでは相手をかわしたりタックルしたりと複雑な動きが加わる。いまだ異なる走り方に苦闘する様子を、多くの駅に停車せず突っ走る日本生まれの超特急に例えられたのだ。

 かつては、その走りで日本陸上界の第一線にいた。だが故障をきっかけに不振に陥り、12年ロンドン五輪を逃した。13年の日本選手権は予選で敗れ、直後に引退。当時、同郷の友人で陸上の円盤投げからラグビーに転向した桑井亜乃(アルカス熊谷)から熱心に誘いを受けたが、断った。「心も体もぼろぼろだった」

 14年に結婚し、同年に長女・果緒ちゃんを出産。戦いとはかけ離れた生活を送っていた寺田の心に火を付けたのが、15年リオデジャネイロ五輪だった。ラグビー女子7人制の桑井も代表入りした日本は、10位に低迷。敗因の一つが圧倒的な走力の差だった。「私のスピードが生かせるかも」。そんな可能性を見いだすと、母の全盛期を知らない一人娘に活躍する姿を見せたいという意欲も湧いた。世界を相手に再び、走る目的ができた。

 これまで未知だったラグビーという競技に加え、子育てを含めた家庭面でも新たな状況になり、奮闘している。当初は、ラグビーのトレーニングに時間を割くため、午前6時に起きて家事や育児に奔走。義母らの手も借りないと成り立たない日々が続いた。最近はスポンサーが運営する保育園に果緒ちゃんを預けられるようになり、夫の佐藤峻一さんも簡単な料理ならできるようになった。「だいぶ、楽になった」と寺田は笑う。月曜以外は練習か試合があるハードな日常も、こなせるようになった。

 ただ、子育てをしながらの選手生活には、まだまだ難しさも感じる。一般的な保育園は競争率が高くて入れず、スポンサーに頼れなければ厳しい状況に追い込まれていた。家族のサポートも競技への理解があってこそ。「母親は(現役選手を続けるには)周囲の支援がないと競技復帰は厳しい」。一般企業などで子育てする女性職員への支援が進む中、いわば「個人家業」でもあるアスリートは自ら環境を整備する必要があり、苦労を痛感している。

 自身の存在を知り、ラグビーに転向する若者に出会うこともある。こうした選手が競技を続けながら結婚や出産を安心してできるとは言い難い現状があるのは事実だ。それだけに「私が成功すれば環境が変わるかも」と先例になろうと意気込んでいる。

 半年ほど前に痛めた右足首を手術したが、少しずつ練習に復帰し、現在は体をぶつけ合うメニューをこなせるまでに回復している。東京五輪まであと3年を切った。日の丸を背負う夢に向かい、いくつものハードルを跳び越えていく。

<てらだ・あすか> 小学4年から陸上を始め、地元・北海道の恵庭北高時代は、高校総体女子100メートル障害で3連覇。2008年に女子短距離の名門・北海道ハイテクACに加入し、同年から日本選手権3連覇。09年に世界選手権に出場し、同年のアジア選手権で銀メダルを獲得した。引退後の14年に早大へ入学し、ことし3月に卒業した。札幌市出身。結婚して本名は佐藤明日香。

 

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