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【タイムライン】

カヌー薬物混入 価値観 勝敗だけでなく

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 カヌーの国内トップ選手がライバルの飲料に禁止薬物を混入させた問題は、今後のドーピング対策だけでなく、スポーツのあり方が改めて問われることとなった。選手はどう競技と向き合うべきか。教育で大切なことは−。元競泳選手で4大会連続五輪出場を果たし、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)のアスリート委員を務める松田丈志さんに聞いた。 (聞き手・森合正範)

◆日本アンチ・ドーピング機構 松田丈志アスリート委員

 今回の問題では「スポーツをする意味とは何か」を考えさせられた。努力して、できなかったことができるようになる。記録が伸びる。その喜びや楽しさがスポーツの根底にあるはずなのに、忘れてしまっている。視野の狭さ、価値観の乏しさというべきか。

 加害者の鈴木康大選手は五輪に出ることでしか自分の価値を見いだせなかったのだろう。確かに五輪に出場することは素晴らしい。しかし、世の中、五輪が全てではない。他の生き方がある。「五輪代表はすごい。逃したら駄目」というのは短絡的な考えだ。多様な価値観を持っていないことが大きな問題だと思う。

 ジュニア世代から競技とは別に、多くの可能性や価値観があることに触れていかないといけない。その点では、ジュニアに教える指導者の役割は大きい。全国各地へ行くと、自分の業界や競技が全てだと思っている指導者もいるのが実情だ。指導者の教育こそが課題になってくる。

 少年野球チームや水泳スクールで「うまい子=素晴らしい子」「速い子=すごい子」になっていないだろうか。競技力がトップだと、それだけで優位性を感じる子が多い。本来なら競技と人間性は別の話。「それとこれとは別だぞ」ということをきちんと教育しなくてはならない。

 こんな話をよく聞く。水泳の才能があって、ずっと1位だった選手があるとき負けた。以降、競技をやめてしまったという。好きで楽しくて始めた水泳なのに、気がついたら勝つことや、人の上に立つことだけを追い求めていた。こんな寂しいことはない。

 実際、私もアテネ五輪くらいまでは競技に対してかなりストイックにやってきた。視野が狭くなり、それではいけないと思った。視野を広げ、多くのものを見て、有効なものを取り入れる。そういうスタンスでないと最終的には競技力が伸びないと思う。

 スポーツとはゲームの一種。勝敗はあるが、負けても人生は終わらない。「次は何しようか」と柔軟な考えで、軽やかに次のステップへ進んでほしい。そのためにも、全国の指導者は競技だけでなく、さまざまな価値観があることを教えなくてはならない。 

<まつだ・たけし> 元競泳選手。五輪では2008年北京、12年ロンドンと2大会続けて男子200メートルバタフライで銅メダル。ロンドンの同400メートルメドレーリレーで銀、16年リオの同800メートルリレーで銅も獲得。33歳。宮崎県延岡市出身。

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◆日本ウエイトリフティング協会 加藤智子さん

 「ドーピング違反が多いウエートリフティング界でも海外を含めてライバルに混入した話は聞いたことがない。『えっ』と驚いた」。日本ウエイトリフティング協会アンチ・ドーピング委員会の委員長を務める加藤智子さんにとって、想定外の出来事だった。

 ドーピング検査前や海外では必ず封が閉じられた飲み物を口にするよう助言してきた。だが、国内での練習や試合中、例えばトイレに行った後、あえて新しい飲み物に替えることはしていない。「代表選手は寝食を共にするチームメートのような関係。荷物や飲み物の監視をお願いすることもある。その中で起こったら防ぐのは難しい」と困惑した表情を浮かべる。

 ただ、今回のカヌー界の問題が、一つの転機になる可能性があるという。「これまで日本人は性善説で生きてきた。ドーピングだけでなく『そんなことはしないだろう』と考えることが多かった。われわれはその考えを改めないといけない」

 日本ウエイトリフティング協会は中高生の有力選手に年2回の講習会を実施。「アンチ・ドーピングとは何か」「飲み薬だけでなく塗り薬や目薬にも禁止薬物は入っている」など基本的な指導をする。地方に足を運び、地元選手に指導することもある。

 先月も講習会があり、加藤さんは「自分を守れるのは自分だけ。被害選手は悪くなくても、日本選手権の記録を抹消され、暫定的な資格停止処分で遠征に行けなかった。そういうことになる」と伝えたという。

 「今までは『ドーピングの知識があれば、自分には関係ない』という日本選手が多かった。今後は国内にいるときでも海外レベルの危機感を持たせなくてはいけない。その方が海外の試合でも自然とできる」。今回の問題を教訓として、まずは意識改革に取り組む。 (森合正範)

◆五輪組織委 室伏広治さん

 アテネ五輪陸上男子ハンマー投げの金メダリストで、東京五輪・パラリンピック組織委員会の室伏広治スポーツ局長は現役時代、禁止薬物の混入に神経をとがらせる姿勢を周囲にアピールしていた。薬物試験紙に見立てた普通の紙を持ち歩き「周りに選手がいる中でドリンクに紙を漬け、『大丈夫かな』とチェックしていた」という。同種目はトップ選手が何人もドーピング違反で失格した歴史がある。

 カヌーの禁止薬物混入事件を受け、スポーツ庁が1月18日に行ったインテグリティー(公正)確保の緊急会合で明かした。室伏局長は、海外で食事中に席を立つ際、必ずトレーナーやコーチに食べ物を見てもらっていた体験談を披露。サプリメントや飲み物を持って勧めてくる海外選手もいるといい「アスリートは自己管理のプロでないといけない」と訴えた。 (松山義明)

      ◇

<問題の経緯> 昨年9月のカヌーのスプリント日本選手権で鈴木康大はライバルである小松正治の飲み物に禁止薬物を混入させた。飲料を飲んでドーピング検査で陽性反応が出た小松は一時JADAに資格を停止されたが、鈴木が不正を認め、処分は解除された。

<日本カヌー連盟の対応策> 3月の海外派遣選手選考会(香川県坂出市)で「ドリンク保管所」を設置し、連盟の係員と民間の警備員を配置して監視する。ドーピング対策の強化として、問題が起きたスプリントの代表チームに、選手が使用しているサプリメントをすべて把握するよう指示。3月の選考会、4月の全日本スラローム大会でアンチ・ドーピング講習会を開くことも決めた。問題の背景に加害者が五輪出場を巡る争いで焦りを感じていたことがあり、カウンセラーによるメンタルケアを継続的に行う。

 

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