東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > 東日本大震災 > ふくしま便り > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【ふくしま便り】

20ミリシーベルト基準を許さない 避難指定解除 南相馬住民の決意

線量を計測する小沢さん。高い放射線量を知らせる警告板も作った=南相馬市で

写真

 東京電力福島第一原発の事故で放射線量が局所的に高いホットスポットとなった特定避難勧奨地点の指定を解除したのは違法として、福島県南相馬市の住民約五百三十人が、国に解除の取り消しと一人十万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したのは、今年四月十七日のことだった。

 原告団の一人で「南相馬・避難勧奨地域の会」事務局長の小沢洋一さん(59)は、訴訟を「二〇ミリシーベルト基準撤回訴訟」とも呼ぶ。「人の命が何より大切とはっきりさせる訴訟だ」とも。

 小沢さんと現地を歩いた。

 特定避難勧奨地点に指定された百五十二世帯は南相馬市の西側半分、阿武隈山地に連なる農村部に点在している。福島第一原発から二十五キロ前後。線量の高さを考えれば、避難指示が出ても不思議はなかった。行政区分を基にした単純な線引きで区域外とされたにすぎない。だが、あまりにも線量が高いことがわかり、国は追加措置をとる。地域の中で、年間積算線量が二〇ミリシーベルトを超えるとみられる地点で、小さな子供や妊産婦などがいる世帯を選んで避難を促す対応をとった。

 「露骨な分断工作だった」と小沢さんは話す。「同じ小学校に通う子供で指定を受けた家の子とそうでない家の子がいる。指定を受ければ、慰謝料が払われた上、医療費、税金、電気代、ガス代、NHKの受信料までただになる。指定外の家の子も避難はしたが、経済的にも大変。誰だって理不尽だと思うでしょう」

 福島県には伊達市や川内村の一部にも特定避難勧奨地点があったが、二〇一二年十二月に解除された。そして南相馬市についても、政府は昨年十二月に解除した。除染により線量が年間二〇ミリシーベルトを下回ったのが解除の理由であると説明された。

畑の端で、毎時17.7マイクロシーベルトと高い値が計測された

写真

 「分断」を乗り越えて住民は反対で団結した。地域の行政区長のひとりで原告団長でもある菅野(かんの)秀一さん(74)は「年間二〇ミリシーベルトを基準にするのもおかしいと思うが、地域の線量が、二〇ミリシーベルトを下回っているとは到底思えない。それでも特定避難勧奨地点がなくなれば、ただの地域になる。何ごともなかったかのように東電は賠償を打ち切るでしょう」と話す。

 たしかに地域の線量は驚くほど高い。小沢さんと一緒に実際に線量計をもって計測して歩いたところ、田畑の際などで空間線量が毎時一〇マイクロシーベルトを超えるような場所が随所にあった。政府は年間二〇ミリシーベルトの積算線量に達する目安を毎時三・八マイクロシーベルトとしているが、楽に超えてしまう。

 南相馬・避難勧奨地域の会の末永伊津夫会長は「東京五輪に間に合わせたいのか、政府は避難区域の解除に躍起になっている。その基準とされるのが年間二〇ミリシーベルトですが、無理があるのは明らかです。もしもこれが既成事実となったら、将来、世界のどこで原発事故が起きても二〇ミリシーベルトまでは大丈夫となる。こんなむちゃを黙認するわけにはいかないのですよ」と話す。

 前出の菅野さんは、こうも話した。「解除しても現実に帰ってきた子持ち世帯はない。病院もスーパーも閉鎖。長寿会も少年野球もPTAも崩壊。地域社会がなくなった場所へ帰って来られるわけがない。年寄りばかりになって将来なんかない。先日、近所のおばあさんが池に身を投げた。皆で引き上げたけど助からなかった。ここで、どれほど悲惨なことがおきているか、政府は知っているのか。私らは伝えなくちゃならない」

 農民一揆、という言葉が頭に浮かんだ。 (福島特別支局長 坂本充孝)

 

この記事を印刷する

PR情報