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【ふくしま便り】

昭和薫る町に熱き魂 いわき夜明け市場の起業家たち

夜明け市場に店を開いた高橋直樹さん=福島県いわき市で

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 福島県いわき市の復興飲食店街「夜明け市場」が先月四日に開設から丸五年を迎えた。参加店舗は十五軒に増え、日暮れとなれば提灯(ちょうちん)の下に夜な夜な酔客の歓声が響き渡るにぎわいぶり。それだけではなく、ここは若い起業家たちが夢を紡ぐ拠点という側面も持っている。震災、原発事故は不幸な出来事だったが、一方で若者にゼロから挑戦する機会も与えた。驚くほどに熱い福島の若者たちの声を届けたい。

 夜明け市場は、JR常磐線いわき駅から徒歩三分の場所にある。狭い路地の両側に海鮮料理、居酒屋、イタリアンレストランなどが軒を並べ、日が暮れると頭上に下がった提灯が温かな光を投げかける。どこか懐かしい昭和レトロな飲食店街だ。

 スタートしたのは東日本大震災と原発事故があった二〇一一年の十一月だった。株式会社夜明け市場の取締役で事務局長の松本丈(たけし)さん(33)が振り返る。

 「被災して自分の店を失った経営者なども多かった。そういう人たちに再起の機会を提供できないかと考えた。場所を探したら、寂れたスナック街を借りられるという。それから夢中で走りだしたって感じですね」

 松本さん自身もいわき市の出身。東北大大学院で学び、一級建築士の資格を取ったが、最初に就職した不動産会社が倒産するなどの挫折も味わった。

 そのころ小中高と同級生だった鈴木賢治さん(33)が企画会社「ヨンナナプランニング」を起業。合流して町づくりや店舗展開の事業を東京で始めた直後の震災だった。それから松本さんは故郷に戻り、夜明け市場に張り付いて切り盛りしてきた。

 「もともと、高校生の頃から寂れていくいわきの町を元気にしたいと思っていた。だから建築を学んだ。震災が後押しをしてくれた感じすらあるんです」

 夜明け市場の中で居酒屋「つまみや バッカーノ」を経営する高橋直樹さん(32)は福島第一原発に近い富岡町の農家の生まれ。料理が好きで町内のすし店で働いていたときに被災した。

 「自分の店を持ちたいとは考えていたけれど、震災がなければいわきには来ていない。震災のせいで、この町は人が増えている。勢いがある」と話す。

 飲食店街の中ほどの二階に夜明け市場の事務所がある。ドアを開けて驚いた。清潔な室内の天井からOA機器接続用のコードがいくつも下がり、洗練されたオフィスの雰囲気だ。二十〜三十代の男女三人がパソコンをのぞきこんでいた。スタッフかと思ったら、違った。

 「皆さん、それぞれに起業家で自分のビジネスをしている。ここはワーキングルームとして、開放しているんです」と松本さんが説明してくれた。

夜明け市場で松本丈さん(右)と「TATAKIAGEJapan」理事の小野寺孝晃さん=福島県いわき市で

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 実は松本さんは、NPO法人「TATAKIAGE(たたき上げ) Japan」の理事長という肩書も持っている。人と人を結び付けて、アクションを起こす人をサポートする団体なのだという。

 月に一回程度のペースで「浜魂(はまこん)」というプレゼンイベントを企画運営している。経営者でも、フリーターでも、学生でも、自分のアイデアを持ち込んで地域住民の前でプレゼンし、協力者や支援を募る。

 この中から生まれた商品に、100%いわき産の素材を使った飲み物「Hyaccoi(ひゃっこい)」がある。放射能検査で安全が確認されたトマト、小松菜、豆乳などで作ったスムージーだ。この商品を提供するカフェがいわき駅ビルに生まれた。

 それにしても、「たたき上げ」「夜明け」「魂」と、クールで都会的な容貌とは裏腹に、泥くさい脂っこい言葉を使いたがる若者たちだ。

 そう指摘すると、松本さんはわが意を得たりと言いたげだった。「話に聞く戦後の闇市なんかをイメージすることがありますよ。ぼろぼろの状況をたくましい行動力で変えていきたい。また、そういう人を一人でも増やしていきたいと思います」  (福島特別支局長・坂本充孝)

 

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