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【ふくしま便り】

川内村・木戸川放射能測定 手弁当で太公望が協力

調査で釣り上げたヤマメ=福島県川内村で

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 福島県川内村で二十七、二十八の両日、渓流釣りの愛好家たちによる年に一回の木戸川放射能測定釣行があった。福島第一原発の事故以来、村がある双葉郡一帯の川では魚の放射能汚染の恐れから遊漁自粛が続く。一方で汚染の実態調査は進まない。それならば自分たちでデータを集めようと二〇一二年に始まった。村や漁協の許可を受けた上で釣った魚は、研究施設に送られ、放射能の測定を受ける。参加者らは「川の安全が確認され、『渓流釣りファンが集まった川内村』に戻ったらうれしい」と話していた。

 測定釣行を主催したのは「福島県で釣りを楽しむ会」。代表の渡辺政成さん(71)=さいたま市=は「得意な釣りで福島県の復興に協力したい。ただそれだけの気持ち」と笑顔で話した。

 もともと渡辺さんたちは、川内村に通う常連だった。ところが一一年三月に原発事故が起き、二十キロ圏内にある川内村は全村避難となる。

 一年後に大部分の居住制限が解除となり、村人は帰還を始めたが、取り残されたのが村内を流れる木戸川水系の川だった。

 イワナやヤマメが群れる清流は村のシンボルでもあったが、魚から一般食品の基準である一キログラム当たり一〇〇ベクレルを超える放射性物質が検出されたため、国が出荷制限指示を出し、釣りは自粛となった。指示が解除されるためには、サンプリングを重ね、放射能濃度が安定的に下がったことを示すしかない。

 だが川を管轄する木戸川漁協は津波で楢葉町の事務所を流され、当時はいわき市に避難している状態。とても余力がない。

 「だったら俺たちがやろう」と名乗り出たのが渡辺さんたちだった。渡辺さんは「右手に釣りざお 左手に憲法」の合言葉で〇八年に結成された「渓流九条の会」の発起人でもあり、釣りざおの先にヤマメを付けて、国会前を行進したこともある。

木戸川支流で渓流魚を釣る調査員=福島県川内村で

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 「平和でなければ釣りという遊びはできない。釣りができなければ、被災地に人の息吹は戻らない」と話す。

 二十七日正午、川内村に集合したのは二十二人の男女。福島県はもちろん山形、宮城、埼玉、茨城、神奈川の各県や東京都からの参加者もいた。職業は元教師、文筆家、弁護士、カメラマン、ジャーナリストなど。

 数人ずつのグループに分かれ、調査員のベストを身に着け、釣りざおを片手に川に入った。

 二日間で釣り上げた魚は、ヤマメ四十四尾、イワナ二十三尾の合計六十七尾。釣った場所ごとにビニール袋に小分けされた魚はサンプルとして、岡田直紀・京都大学准教授(森林科学)に手渡された。岡田准教授は今後、これらの放射能を測定し、どれぐらい下がっているかなどを半年ほどかけて分析する。

 岡田准教授によると、分析の委託を受けた一四年の調査から、本流では基準値超えのサンプルはなく、支流ではほとんどが基準値内という。「全体として放射能濃度の減り方は予想を超えて早い。木戸川の出荷停止解除を想定し、来年はさらに原発に近い川の調査も申請したい」と話した。

 川内村の住民で避難先から戻って生活している住民の割合が今年四月に初めて八割を超えた。帰還者の総数は今月一日時点で二千百七十三人。

 避難先の仮設住宅や借り上げ住宅の無償提供打ち切りが帰郷の要因の一つになったとみられる。一方で、小鮒(こぶな)を釣ったふるさとの自然環境の再現も、あと一歩に近づいている。 (福島特別支局長・坂本充孝)

 

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