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【ふくしま便り】

地域のつながり取り戻す 南相馬・小高区 住民自ら公園造り

「花見ふれあい広場」の用地に立つ佐藤さん。広大な荒れ地が震災前は、民家や水田だった。遠くに見えるのは建設中の堤防。かつては海が見えたという=福島県南相馬市で

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 福島県の海岸部には津波に流されて跡形もなくなってしまった集落がいくつもある。こうした荒れ地に人の息吹を取り戻そうという試みが、ささやかながら民間の手で始まった。民家の跡地などに花壇やベンチ、あずまやなどを設置して、元住民などが集える場所をつくろうという活動だ。広大な荒れ地を前に小さな再建への一歩。しかし、それは誰かが踏み出さなければならない一歩でもある。

 「ここが現場です」と佐藤宏光さん(62)が案内してくれたのは、南相馬市小高区の海岸部にある大井地区だった。小高区は福島第一原発から二十キロ圏内にあり、事故直後に警戒区域に指定され、昨年七月に解除されるまで人は住めなかった。

 中でも海岸部は津波被害の最前線でもあった。大井地区は十数戸の民家が流され、災害危険区域に指定された場所は、今も建物の新築が制限されている。

 佐藤さんは、本欄で今年四月に紹介した市民団体「おだか千本桜プロジェクト」の会長。失われた古里の輝きを取り戻すために町中に河津桜を植える活動を続けてきた人だ。新たに取り組んでいるのが「花見ふれあい広場」の設置であるという。

 用地は震災前まで民家があった約二百坪の宅地。現在は市が買い上げているが、雑草が茂り放題で荒れるに任せたままだ。

 市の許可を受けた上で、ここを整備し、公園にする。完成は来年二月の予定。約七十万円の費用はインターネットなどで寄付を募っている。

 ところで、なぜ公園なのか。

 「震災と原発事故が壊したのは地域のつながり。力を合わせて生きてきた人々が分断されて、ばらばらになってしまった。避難先から帰って来ても引きこもりや、うつになってしまう人も多い。地域が荒れると心も荒れる。この負の循環が止まらない」と佐藤さんは話す。

 「だから皆で集まって世間話でもできる場所をつくりたい。災害公営住宅に移った人は『土いじりができない』と嘆いていると聞いた。そんな人たちが、好きに花壇づくりぐらいはできるようにしてあげたい」とも。

 現地に立つと、佐藤さんの言葉の意味がよくわかる。

 目の前に広がる広い原野は、かつては水田だった。震災から六年が経過しても耕作する人はいない。小高区全体で帰還した人の数は二割と少なく、津波被害が重なったこの地区では、無人化がさらに激しい。

 公園用地の隣の家で老夫婦が庭いじりをしていた。

 松下広幸さん(80)と南子(なみこ)さん(74)。二人の家も津波に襲われ、一階部分は水没した。隣の原町区に避難を余儀なくされたが、少しずつ補修を繰り返し、避難指示解除となった昨年七月に帰って来た。

 「この年になって新しい土地に移ろうとか家を新築しようとか、到底考えられなかった。それでも家がなくなってしまった人は、よそに行くしかない。この周りで人が住んでいる家は三軒だけだ。昼間でも人の声が聞こえない。夜になれば真っ暗で寂しいもんだ」と広幸さん。

 佐藤さんは、こうも話す。

 「最初は市に公園造りをお願いしたが、待っていては何も始まらないと痛感した。時間が過ぎていけば、原発事故も震災も忘れられる。ここに人が住んでいたことさえ忘れられる。今、自分たちで動かなければ。古里再建は時間との勝負だ」

  ×  ×  ×

 問い合わせは、佐藤さん=電090(2797)0847=へ。 (福島特別支局長・坂本充孝)

 

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