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【ふくしま便り】

被災地・楢葉町のお盆 若い力がともす希望の光

子どもや若者も参加してにぎわった盆踊り=福島県楢葉町で

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 お盆の中、福島県の原発被災地である双葉郡各地でも盆踊りが開催された。これに合わせて帰郷した元住民も多く、災害過疎に悩む地域がいっとき華やかなにぎわいを取り戻した。イベントの運営などで目立ったのは若者の姿。避難先からの帰還者は圧倒的に高齢者が多いが、古里の再建に意欲的な若者たちはいる。被災地に吹き始めた新しい風を実感させてくれた。

 一昨年九月五日に避難指示が解除された楢葉町で十三日、盆踊りと音楽コンサートを融合した「盆楽祭」があった。

 主催したのは、昨年六月に町内の二十代、三十代の若者有志が集まって結成した「ほっつぁれDEいいんかいっ?!」という団体。「ほっつぁれ」とは傷つき、衰弱したサケのことだ。楢葉町の中央を流れる木戸川には毎年秋になるとサケが群れを成して遡上(そじょう)してくる。産卵を終え、力尽きたサケは河原に亡きがらをさらす。子供のころから見慣れたその姿に、ぼろぼろになった古里の現状を重ねた。

 委員長の渡辺喜久さん(36)は「避難指示解除になっても、それぞれの事情で帰れる人も帰れない人もいる。それは仕方がないことだが、せめて一緒に楽しめる場所をつくりたかった」と話す。原発関連会社で働く渡辺さんも避難先のいわき市に父と妻、四歳と二歳の子供と住む。

 「ほっつぁれ」を結成以来、季節ごとに音楽祭などを企画してきた。最も力を入れているのが昨夏に続き二度目の開催となる盆楽祭。昼間はミュージシャンによるコンサート、夜は盆踊りの二部構成とし、連日、お囃子(はやし)の練習を重ねてきた。

 さて本番。夕暮れが近づく頃、笛と太鼓の音色にのって、哀調を帯びた楢葉盆唄の歌声が流れ始めた。すぐに踊りの輪ができた。浴衣姿の女性や幼児を連れた家族ら二、三百人が晴れやかな笑顔で踊った。楢葉町の事故前の人口は約七千人。解除から二年が経過しても戻った人の数は千七百人ほど。閑散とした日ごろの町を思えば、このにぎわいは夢のように思える。

 「ほっつぁれ」のメンバーの中には、町外から移住してきた若者もいる。横浜市出身の西崎芽衣さん(25)、東京都出身の森亮太さん(26)は、いずれも立命館大の学生の頃から楢葉町にボランティアに通い、町内の会社を就職先に選んだ。

 都内の大手広告会社の内定を蹴ったという「武勇伝」が伝わる西崎さんは「町の人と同じ目線で活動がしたかった」と話す。森さんは「人は少なくても人間関係は濃い。この町から離れられなくなった」という。地元育ちで町職員の松本昌弘さん(32)は、そんな彼らと一緒に町の小さな情報や人の思いを伝えるミニコミ誌「ならはかわら版」を発行している。

 最近、明るいニュースがあった。町でたった一つの小料理店「結(ゆい)のはじまり」が今月、オープンした。店主は千葉県出身の古谷かおりさん(33)。震災後に福島県に来て建築士をしていたが、復興に貢献したいと起業家を育てる私塾に参加。「町の人と移住者の対話の場をつくりたい」と初めての飲食店経営に乗り出した。町民の憩いの場になっている。

 震災から六年半。一時は絶望しかなかった楢葉町に希望の明かりが育ち始めた。 (福島特別支局長・坂本充孝)

 

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