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【ふくしま便り】

二重被災の町を花で埋める 南相馬・小高区 千本桜プロジェクト

完成間近の花見ふれあい広場のあずまやの前に立つ佐藤さん。津波は背後の海から襲ってきた

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 津波と原発事故の二重被災地、福島県南相馬市小高区に住民の絆を取り戻そう。そんな目的で、市民の手で始まったミニ公園「花見ふれあい広場」の建設が今、急ピッチで進んでいる。今月十八日には完成披露の植樹祭を開催予定。河津桜や季節の花々の植え付けに誰でも参加することができる。

 公園建設に取り組んでいるのは、南相馬市の住民らでつくる「おだか千本桜プロジェクト」の面々。会長の佐藤宏光さん(63)らは、二〇一五年三月から被災した町で河津桜の並木をつくる運動を進めてきた。理由は町の荒廃だ。

 小高区は福島第一原発から北へ約二十キロ。南相馬市の三つの区の中で唯一、警戒区域(当時)に指定され、全区避難となった。加えて海岸部は津波で住宅が根こそぎ流された。一六年七月に避難指示解除にはなったが、一度は無人となった町で失われたのは人の輪だった。

 「震災以前は、声を掛け合い、助け合って暮らしていくのが、当たり前の町だった。ところが変わってしまったんだ。誰もが必死なのかもしれないが、自分が生きていくことだけを考えている。あいさつすら交わさない」

 温かな古里を取り戻すには、どうするか。思い付いたのが町を花で埋める計画だった。これまでに植えた河津桜は約五百三十本。まだ高さ二メートルほどの小さな苗木だが、春になると赤い花を付けるようになった。「目標の千本には、やっと半分。道は遠いなあ」と苦笑いをする佐藤さん。

 その一方で、地域の人々が語り合える場所をつくろうとも考えた。「避難指示が解除になっても戻ってきたのはお年寄りばかり。家に引きこもって暮らしている。これじゃあ、町は暗くなるばかり」

昨年、荒れ地の端で咲いた河津桜の花=いずれも福島県南相馬市小高区で

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 津波で流された宅地跡約二百坪を市から借り受け、公園を造ることにした。費用約七十万円の寄付をインターネットなどで呼びかけると、驚いたことに、あっという間に集まった。さらに、思いがけずも昨年十一月、筑波大学同窓会がすぐれた社会貢献活動を行う個人や団体に授与する「茗渓会賞」を受賞する栄誉にも輝いた。なによりうれしかったのは、汗を流して働く佐藤さんらに地域の人がねぎらいの声をかけてくれるようになったことだという。

 「そう、大変ですね、とかご苦労さまとか、そんな言葉がうれしいね。少しずつでも昔の小高に戻ってほしい」

 公園の名は「花見ふれあい広場」とした。周囲を二十本ほどの河津桜で囲い、花壇にパンジーなどを植える。手製のあずまやも用意した。

 今月十八日の植樹祭は一般の参加者大歓迎で、植え付けを体験してもらう。豚汁やおにぎりのふるまいもある。

 このほか三月十七日には、区内の山林に河津桜六十本ほどの植樹も計画している。いずれも参加希望者は、佐藤さん=電話090(2797)0847=に連絡する。 (福島特別支局長・坂本充孝)

 

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