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【先生 ウチは揺れますか! 東大地震研・大木聖子の日誌】

過去の教訓を未来へ 自然への畏敬の念、忘れずに

回向院に立つ慰霊碑。手前の二つは安政江戸地震、五つ目が関東大震災の碑

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 節電でエアコンを止めて窓を開けています。風通しがよくて思いのほか涼しいのですが、やっぱり暑い。そこへまた熱い男、というより暑苦しい男が…。

      ◇

 「大木さん、こんにちは。ふー暑い。ほんと暑い」

 「暑い暑い言わない」

 「ちょっと太ってから暑くて。結局、東大の近くに住むことにしたのでごあいさつにきました」

 「ご近所さんね…」

 「アパートの下見に行って近所の小石川植物園を散歩したら関東大震災の記念碑があったんですよ! 震災で避難した人たちが建てたとありました。植物園に三万人も避難したんですね!」

 「よくぞ発見してくださいました」

 「やぶの中を近道したら迷って。たまたま…」

 「避難者の有志が建てたのよ。地震の被害に関した碑は各地にあるわ。東北地方の津波の石碑はよく報道されたでしょう? 東京は、やはり関東大震災のものが多いわね」

 「気づかないもんだな…」

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 「両国にある回向院(えこういん)や東京都慰霊堂周辺の碑はよく知られてるわ。真下君が見つけたような感謝の記念碑のほかに、慰霊碑が多いわね」

 「大震災は死者十万人とか数字だけで理解しがちだけど、いろんな思いがあって、なんとか体験を伝えたかったんですね。ネットなんかの情報発信の方法もなかったし」

 「きょうはどうしたの、すごいじゃない。低頻度大災害の体験や教訓を伝えていくのはなかなか難しいのよね」

 「ていひん、って何ですか? 土台は分かるけど」

 「せっかくほめたのに…。『ていひんど・だいさいがい』は、たまにしか起きないけど、いちど起こると大きな被害になるもの。巨大な地震や噴火、歴史的な台風とか」

 「百年や千年に一度の大災害ってことですか」

 「そう。もうこんな災害は繰り返したくない、という気持ちを長い年月を隔ててどう伝えていくか」

 「記録は残っても、その思いが伝わらないと本当に教訓が生きないんでしょうね。自然への畏敬の念を忘れてはいけないってことかなあ」

「きょうはいいこと言うわねぇ。内閣府でも『災害教訓の継承に関する専門調査会』をつくって、二〇〇三年から八年かけて震災や噴火、台風なんかの災害を分析して教訓をまとめたのよ」

 「へえ、知らなかった」

 「あまり知られてないでしょ。そこが問題なのよね。ところで、地震研にも碑があるの知ってる?」

 「え、そうなんですか」

 「というより、地震研そのものが関東大震災をきっかけにできたの。1号館のホールに銅板あるでしょ。研究所の使命が書かれてるわ。寺田寅彦が起草したのよ」

 「ちょっと見てきます。ダダダダ(階段を駆け下りる)。なになに…本所永遠の使命とする所は地震に関する諸現象の科学的研究と直接又は間接に地震に起因する災害の予防並に軽減方策の探究とである。この使命こそは本所の門に出入する者の日夜心肝に銘じて忘るべからざるものである…か。へえ〜」

  ・・・・・・・・・

 「見てきました! ふー。走ると暑いな。さすが寺田寅彦、熱くなる名文ですね。ホールだけじゃなく各研究室の前にも張ったらどうですか」

 「真下君、きょうはやっぱり鋭いわね…」

<用語の解説>

 【関東大震災の碑】「関東大震災を歩く」(武村雅之著・吉川弘文館)には、著者が訪ねた関東大震災の慰霊碑や記念碑、今も残る痕跡などが200カ所以上も紹介されている。地震による大火災の焦げ跡が残るイチョウや溶けた釣り鐘などのほか、震災を契機に鉄筋コンクリート化された寺社など復興の足跡も追っている。

 【自然への畏敬】自然災害で亡くなった多くの人たちを弔う回向院。その歴史を記した寺史は冒頭で「自然は畏敬すべきもの」と訴える。昨年の大震災後に日本地震学会は、地震を理解しているという「思い込み」があったと反省を表明した。自然への畏敬という視点は、科学や技術が進むほど重要になるのだろう。

 

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