東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > 東日本大震災 > 長久保宏美のリポート福島 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【長久保宏美のリポート福島】

2万本のサクラ植樹活動 30年後の浜通りに思い込め

 福島県広野町のNPO法人「ハッピーロードネット」の西本由美子理事長(64)は、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で被害を受けた沿岸部の幹線道路に、サクラの木を植える活動を続けている。事故を起こした原発の廃炉の道のりが果てしなく遠い今、なぜ、植樹なのか。

 「ここで起きたあの日々のことを忘れないように、そして将来、避難した子どもたちが帰ってこられるようになったとき、故郷の成長したサクラの木を誇りに思ってほしいから」と西本さんは話す。

 植樹のきっかけは二〇一一年の震災前にさかのぼる。町の交通安全運動に携わっていた西本さんが、親しい男子高校生から相談を受けた。「自宅から通えて就職する場所が、地元にはない」

 西本さんの提案で、相馬・双葉両郡内の高校生らが主体となり、高校生三千人にアンケートを実施。その結果、四割近くが地元に就職先がないことに悩んでいたという。「企業が来るような魅力的な町にしよう」と高校生らの自主的な討論会や、国への企業誘致の陳情をする一方、まずは自分たちで動こうと、国道6号沿いの清掃をはじめた。

 サクラの植樹はその延長線上にある。最初の植樹は一一年十二月を予定していた。しかし、その年の三月に東日本大震災、そして原発事故が起きた。計画の歩みが止まった。

 西本さん自身、東京都内やいわき市に一時避難した。そして、仮設住宅で見たテレビに、県内では名所として知られる富岡町の「夜の森(よのもり)のサクラ」が映った。誰もいない場所に静かに咲く光景に「自然に涙がこぼれてきました」。

 植樹への思いが募った。一三年一月、「浜通りの幹線道路沿いに、二万本のサクラの木を植え、日本一の街道にしよう」というプロジェクトを、県北部の新地(しんち)町から始めた。計画の再開だった。

 道路管理者の許可を得て、地元高校生やボランティアらの手によって、これまでに約九千五百本のサクラを植えてきた。首都圏を中心に全国の企業・団体が協賛を申し出た。下草刈りなど維持管理費に年間一千万円程度かかるため、今年はクラウドファンディングに挑戦。四月までに目標の八百万円を達成した。

 すべてが順調だったわけではない。清掃活動などで「高校生を被ばくさせている」と激しい批判も受けたという。

 西本さんが語る。「ここで生まれ育った人の多くは、故郷の土地への愛着が強い。その一方で、福島第一原発の廃炉や溶け落ちた核燃料の除去がいつまでに完了するか、明確な答えはない。行政は浜通りの地元に戻ってくれというが、生活の見通しが立つ人ばかりではない」。そして、言葉にいっそう力を込めた。

 「もし、子どもたちが戻ってきて、ここで生きていくという選択をするなら、地域には目に見える形で希望が必要なんです。それが、三十年後のサクラ並木なんです」 (福島特別支局長)

 

この記事を印刷する

PR情報