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【長久保宏美のリポート福島】

伝統芸能で地域の心つなぐ 大熊町で復興支援員を続ける佐藤亜紀さん

おおくままちづくり公社・復興支援員の佐藤亜紀さん

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 東京電力福島第一原発が立地し、事故の影響で現在も全町民が県内外へ避難している福島県大熊町。この町で、ばらばらになってしまった地域のコミュニティーを、再びつなぎ直そうと奔走している女性がいる。

 おおくままちづくり公社・復興支援員の佐藤亜紀さん(35)は、千葉県出身。母の実家が大熊町の北隣の双葉町にあり、中学生のころまでは、連休などによく遊びに来ていた。「自分の田舎というイメージ」だった。東日本大震災と原発事故が起きた当時は、東京都内の法律事務所に勤務していた。

 現在の仕事を始めたきっかけは、事故から三年がたったころ。「東京に住んでいると、事故が風化しているのではないかと感じた。福島に行かないと分からないことがあるのではないか。双葉町か大熊町のどちらかに行かなければと思うようになった」

 会員制交流サイト(SNS)のフェイスブックで、大熊町でコミュニティー支援の仕事を見つけた。法律事務所を辞め、二〇一四年五月には都内で行われた説明会に出席。六月には業務を始めた。

 町は事故直後、一万一千人いた町民すべてが会津若松市やいわき市など、全国に避難した。町役場の機能も、住民が多く避難した先に移転した。佐藤さんの仕事の拠点は、いわき市にある町役場の出張所の二階だ。

 主な仕事は、避難先で町民同士のつきあいをつくること。町民の自主的な組織の設立や運営を支援している。

 併せて伝統芸能の復活にも携わる。初めて仮設住宅を訪ねたとき、ちょうど盆踊りをしていて、盆唄などの伝統芸能は、地域の人たちの心をつなぐ大きな存在なのだと気付いたからだ。

いわき市内の公民館で大熊町の人たちと餅つきをする佐藤さん(左)=いずれも福島県いわき市で

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 「最初に担当したのは、神楽の復活です。第一原発に近い夫沢(おっとざわ)地区に伝わるもので、太鼓や笛、唄に合わせて神楽を舞うのです。私は南相馬市に避難していた神楽の笛を担当している男性のところまで、何度もいわき市から通いました。『もう一回、吹いてください』って」

 「やんないよ」。初対面の人からいきなり頼まれ、男性の反応は芳しくなかった。しかし、何度も通い、一四年十月に猪苗代町のホテルで開かれた地区の総会会場で、この男性も含めたメンバーで神楽が再演された。ホテルの浴衣姿で演奏される故郷の神楽に、避難生活を送っていた約五十人の町民から歓声が上がったという。「本当に、あの時はうれしかったです」

 昨年夏ごろからは、行政区ごとに残る盆踊りの唄の歌詞や資料を集め始めた。「録音や録画もしていきたい。消えてしまわないように」

 一九年春には町内に役場の新庁舎が完成する予定。だが、避難指示が解除されれば町に帰るのか、帰らざるを得ないのか、避難先で生活基盤ができた、放射能への恐れがあるなどの理由で帰らないのか、帰れないのか−。町民の事情や考え方はさまざまだ。

 「それぞれの人たちのストレスを少しでも減らすこと、心がばらばらにならないようにすることが、私の仕事だと思っています」

  (福島特別支局長)

 

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