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2020東京五輪
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16年からボランティア募集 東京五輪みんなの力で

アトランタ五輪でのボランティア経験について話す「スポーツペアレンツジャパン」代表の村田一恵さん=川崎市中原区で

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 五輪やパラリンピックの運営に欠かせないのがボランティアの存在だ。これまでも世界中の大会で、多くの人が通訳や会場の案内などに携わった。東京都は二〇二〇年大会で八万人が必要と見積もっており、一六年から募集を始める。

 子どものスポーツ事故を防ぐための情報を親に提供している団体「スポーツペアレンツジャパン」の代表村田一恵さん(39)=川崎市=は、米国に留学していた一九九六年、アトランタ大会で日本水泳チームの送迎などを担当した。

 村田さんによると、女子選手は長時間水に漬かることで体に変調をきたすケースが多く、見えないところで悩んでいるのを知った。「代表選手になることだけが幸せではない。代表に選ばれた後も人生はずっと続く」と村田さん。

 現在は、トップアスリートを目指す子どもたちに、現役引退後の生活まで考えてもらう活動にも力を入れる。

 長野市のダンス講師若山正則さん(65)と典子さん(63)夫妻は勤めていた会社を一週間休み、九八年長野パラリンピックのボランティアに参加した。主な仕事は選手への食事提供。毎朝五時には宿泊施設で作業を始め、帰りはいつも深夜零時を回った。

 それまでパラリンピックのことは全然知らなかったという典子さん。「選手が一生懸命競技をする姿に感動した。選手が車いすの上で跳びはねるようにメダルを見せてくれた時は、とてもうれしかった」。以来、ずっと老人保健施設や障害者施設でボランティア活動を続けている。

長野パラリンピックのボランティア経験を語るダンス講師の若山正則さん(左)と典子さん夫妻=長野市で

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 〇四年アテネ大会ボランティアとして現地に七十日間滞在したのは福岡県久留米市の食品輸入販売業岡田哲也さん(77)だ。

 商社勤務時代に十二年間、ギリシャで過ごした。退職後は日本で海岸清掃などのボランティアをしていたが、アテネ開催が決まったことを知り「自分の語学力や知識を生かしたい」と応募。日本選手団の通訳などとして奔走した。

 支給されたボランティアの大会ユニホームは今でも大切に保管している。「今度はギリシャチームのために働きたい」。再び五輪に関わることを楽しみにしている。

 

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