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【2020東京五輪】

バドミントン正式競技に 小倉理恵 車いすの母は負けない

シャトルを打ち返す小倉理恵=東京都小平市で

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 25日で開幕まであと2年となった2020年東京パラリンピックから、バドミントンが正式競技として実施される。日本勢で活躍を期待されるのが、車いす女子の小倉理恵(32)=ブリヂストン=だ。「車いすに乗っていても、子どもたちにできるところを見せたい」との思いを胸に、育児と仕事もこなしながら腕を磨き、初の大舞台でのメダル獲得を目指す。 (対比地貴浩)

 −情熱を注いできたバドミントンが、パラリンピックで採用された。

 感慨深い。遊び感覚で競技を始めて、最初は魅力がよく分かっていなかった。でもプレーを通じて仲間が徐々にできて、今はこんな大きな大会が目の前にある。

 −生まれつき関節の成長が妨げられる「先天性多発性関節拘縮症」を患った。バドミントンとの出合いは。

 16歳のとき。ダイエットのため東京都内のスポーツセンターに通っていたのが、きっかけです。付き合っていた現在の夫がバドミントンを練習していたので、自分も始めた。そのころは両手に持ったつえで体を支えて移動できていたが、20歳から車いすを使うようになった。

 −以前のスポーツ歴は。

 小さいころに水泳や体操をかじった程度で、あとは学校の体育ぐらい。スポーツは好きな方ですが、じっくりとやったことはなかった。

 −なぜバドミントンに熱中。

 子どもの影響が大きい。高校卒業後、進学した信州大時代に長男の優翔=ゆうと(11)=と長女の美優=みゆ(9つ)=を生みました。母親が車いすであることに引け目を感じてほしくないし、何でもできるところを見せたかった。いまは一緒にプレーしていますよ。

 −大学を経て入社した前所属の東芝では、子育てをしつつ電気自動車(EV)用電池の開発に携わっていた。

 ずっと理系でやってきて、物づくりも好きだったんです。ただ仕事と家事で一日が終わるため、練習は休みの土日が中心。自前の練習場もないから一般の体育館を自分で予約しないといけない。東京パラリンピックでの採用が決まって以降、競技に専念できる環境を求めて転職するライバルも多かったので焦った。このままでは力の差を逆転され、出場も危ういと感じた。

 −それで現職場に移った。

 仕事もしたかったのでアスリート契約はしなかった。それでも研究開発から事務的な仕事になり、午後から社内の体育館で毎日練習できる。今月にブラジルで開かれた大会ではシングルス、ダブルス、混合ダブルスで3冠を達成し、転職の効果が出ていると感じる。仕事も育児も両立させて、自身が成長し続けたい思いがある。

 −2年後への意気込みは。

 練習の成果が出てきて、自信がついたので、目標は金メダルと断言できる。自分が活躍することで、車いすバドミントンをやっている子どもたちが「頑張ろう」と思ってくれたらうれしい。あこがれの存在がいるか、いないかで大きく違う。バドミントンは楽しい、そう思ってもらえる第一歩になりたい。

<おぐら・りえ> 1986年4月9日、埼玉県熊谷市生まれ。東京・豊島岡女子学園高を卒業後、信州大、東芝を経て、現在はブリヂストン所属。2013、14年の日本選手権の女子シングルス(車いす)で2連覇し、15年世界選手権の女子のシングルスとダブルスで3位。埼玉県所沢市在住。

<障害者バドミントン> 立位と車いすのクラスがあり、障害の度合いに応じてそれぞれさらに区分される。小倉は腹筋など体幹を使える障害の軽い車いすのクラス「WH2」の選手。五輪と同じ高さのネットを使い、1ゲーム21点制の2ゲーム先取で勝ちとなるのも同様。コートの広さは、ダブルスでは通常通り、シングルスは半分となる。

 東京パラリンピックの車いすのクラスでは、2クラスの男女のシングルスと男女のダブルスの計6種目が行われる予定。

 

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