東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > 2020東京五輪 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【2020東京五輪】

東京パラリンピックまで2年 大会育てた両陛下の激励

井手精一郎さん

写真

 二〇二〇年東京パラリンピックの開幕まで二年となった二十五日、都内や千葉市でイベントが開かれた。一九六四年の東京パラリンピックでは、皇太子ご夫妻時代の天皇、皇后両陛下が会場に足を運び、選手や関係者を励まされた。当時、運営に携わった男性は、障害者スポーツの黎明(れいめい)期を支えた両陛下の熱意に思いをはせている。 (小松田健一)

 当時の記録によると、両陛下は六四年の大会に七日間の会期中、会場へ六日間足を運んだ。陛下が大会名誉総裁を務め、皇后さまは日赤名誉副総裁として日赤が組織した通訳ボランティアを支えた。

 厚生省(現・厚生労働省)職員として運営に携わった横浜市の井手精一郎さん(93)は「競技ルールなどについて質問を重ね、選手に拍手を送っていた。どれだけ励みになったか分からない」と振り返る。観戦は予定時間を超えることもしばしばで「相当な熱意を感じた」という。

 閉会後、陛下が「このような大会を国内でも毎年開いてほしい」と提案したこともあり、翌六五年に岐阜県で第一回全国身体障害者スポーツ大会(現在の全国障害者スポーツ大会)が開催された。両陛下は九〇年に皇太子さまへ役割を譲るまでほぼ毎年、開会式出席と観戦を続けた。

 今春には障害者スポーツ初の天皇杯、皇后杯の授与が、車いすバスケットボールなど四大会で実現。側近は「両陛下は障害者スポーツの育ての親とも言える。ふさわしい大会への授与を望まれており、平成のうちにできて良かった」と話した。

 パラリンピックも毎回、時間が許す限りテレビ観戦している。皇后さまは、リオデジャネイロパラリンピックの直後に当たった二〇一六年の誕生日に際し、メディアへの文書回答で、障害者スポーツの発展を願い続けてきた陛下の思いに触れ「リオパラリンピックは、そうした夢の実現であったように思います」と、感慨をつづった。

 

この記事を印刷する

PR情報