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【東京新聞フォーラム】

「本の街・神保町の明日を考える」 第一部 トークショー「神保町今昔〜古書店街のあの頃」

 東京新聞フォーラム「本の街・神保町の明日を考える」が10月18日、東京都千代田区九段南の千代田区民ホールで開かれた。

 第1部は日本古書通信総監修の八木福次郎氏とライター、南陀楼綾繁氏とのトークショー「神保町今昔〜古書店街のあの頃」、第2部は南陀楼氏の司会で、さかえだ書店店主・栄田浩己氏、大学図書代表取締役・井田隆氏、秦川堂書店専務取締役・永森進悟氏の3氏が「神保町をこんな街に」をテーマに、地域活性化の方策をめぐり意見を交換した。国民読書年と10月30、31日の第20回神保町ブックフェスティバルに合わせたもので、200人近い聴衆が聞き入っていた。

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石川雅己・千代田区長あいさつ

 私自身、学生時代に本を読み、今日の人生をつくってもらったという思いがあります。ある作家は「本のある部屋は、先人たちが一緒にいる部屋です。本のない部屋は、窓がない部屋と同じです」と言っています。本は心の窓を開き、風通しのよい心をつくります。

 千代田区には神保町という本の街があり、街そのものが図書館だと思います。本と対話ができる街をこよなく愛し、多くの皆さんにお伝えしていただければと思います。

やぎ ふくじろう 1936年から「日本古書通信」の編集に携わり、63年日本古書通信社代表取締役、現在総監修。著書に「書国彷徨(ほうこう)」、「新編古本屋の手帖」など。

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八木氏、南陀楼氏のトークショー

 南陀楼綾繁さん 八木福次郎さんは「神保町の生き字引」といってもいい方です。八木さんはことし九十五歳、神保町で七十年働いてこられてきたわけです。神保町の歴史をお話しいただきたいと思っています。

 八木福次郎さん 神保町に本屋ができたのは江戸幕府が瓦解し、明治政府ができた後。江戸時代には、神田とか麹町あたりは武家屋敷ばかりで、大名や旗本が屋敷を全部明け渡した後に空き地がたくさんできます。そこに新しく明治政府の役人が入り、学校もできた。それが大体、明治十年代です。

 南陀楼さん 学校ができ、周りに書店とか出版社ができたということですか。

 八木さん 東京大学の前身や一橋大、明治大、中央大など、この近所にたくさん大学や専門学校ができました。学生が全国から集まり、明治二十年代に、神田に出版社や古書店、印刷屋、製本屋、本の取次、新刊の小売店など、本の関連の産業ができます。

 南陀楼さん 一九九〇年代になると(漫画やアニメなどの)サブカルチャー分野の専門的な古書店も出てきますね。

 八木さん 昔からの本屋は、サブカルチャー的なものは邪道だという見方をしていたわけです。しかし、現在は、神田に約百六十軒の店がありますが、そのうちの三十軒から四十軒はそういうものを扱っています。また、昔、神田の本屋は自店の古書目録をあまり出さなかったが、近ごろは出す店が増えています。

なんだろう あやしげ 本名・河上進。ペンネームは江戸時代の戯作者から。新刊、古書、書店、古書店、図書館など本にかかわるすべてを追いかける。「不忍ブックストリート一箱古本市」の発起人。著書に「一箱古本市の歩きかた」など。

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 南陀楼さん 古書目録というのは一冊になって、その店の在庫や、新入荷の本を並べている冊子ですね。

 八木さん インターネットなどで、いろいろな点が変わってきています。神田は店売りが中心でしたが、近ごろはネットや通信販売に力を入れる店も増えました。

 南陀楼さん 店舗を持たず事務所で商売している店もありますね。

 八木さん 神田の店の変遷をだいぶ調べたのですが、ほかの地域に比べ、神田はそれほど(書店の数は)減っていません。

 

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