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【東京新聞フォーラム】

「日本のエネルギーの未来図 脱原発国家ドイツに学ぶ」

ドイツの脱原発に向けた施策を紹介するジャーナリストの熊谷徹さん=東京都港区赤坂で

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 東日本大震災、これに続いた福島第一原発の過酷事故を教訓に、ドイツはただちに稼働中の原発のうち七基を停止し、二〇二二年末までに十七基すべての原発を廃止することを決めた。一方、日本は昨年暮れの政権交代以来、「国益」をキーワードに原発再稼働の動きが強まっているように見える。ドイツ・ミュンヘンに住んで二十三年になるジャーナリスト熊谷徹さんに、日本同様「ものつくり大国」であるドイツが脱原発を決断した背景について語ってもらい、福島特別支局・井上能行編集委員と原発、再生可能エネルギーについて意見交換した。

    ◇  ◇  ◇    

 このフォーラムは「日本のエネルギーの未来図」をテーマに、5月16日に東京都港区のドイツ文化会館で開催した。

【基調講演】ジャーナリスト・熊谷徹さん

 ドイツは福島第一原発事故からわずか四カ月で、原発廃止を決定しました。このスピードに皆さんも驚いたのではないでしょうか。

 メルケル首相は福島事故を知ると、二つの委員会から意見を聞きました。一つは原子炉安全委員会。原子力の専門家に原子炉のストレステストを命じました。もうひとつは、安全なエネルギー供給に関する倫理委員会。この委員会には哲学者、教会関係者らが名を連ね、原子力の専門家は入っていませんでした。

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 安全委の鑑定書を読んでみましたが、「ドイツの原発は停電、洪水などについて福島第一原発より高い措置が講じられている」と結論付けて、「原子炉を直ちに廃止するべきだ」とは一行も書かれていませんでした。

 倫理委の提言書は、事故がハイテク大国日本で起きたことへの衝撃とともに「原子力のリスク評価は、技術者、専門家だけに任せるべきでない」とした上で、社会的、文明論的な見地からも判断が必要だと、訴えていました。メルケル首相は、この意見を尊重したのです。

 物理学者でもあり、原子力を安全に使うことは可能と考えていたメルケル首相でしたが、福島事故の後、考え方を変えて原子力批判派になりました。

 その理由の一つは物理学者としての判断であり、もうひとつは政治家としてのサバイバル本能だったのではないでしょうか。

 福島事故の半年前、ドイツの公共放送が行ったアンケートで回答者の半数以上が原子力はやめるべきだとしていましたが、事故直後の調査では、それが71%に増えました。それに福島事故後の三月末、それまで保守色の強かった南西部のバーデン・ビュルテンベルク州議会選挙で、連邦議会では野党の緑の党が大躍進しました。

太陽光パネルを使ったドイツの大規模太陽光発電所=ドイツ東部で(共同)

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 福島事故に関するニュースは、ドイツでは日本よりもセンセーショナルに扱われていました。メルケル首相は「原子力支持を続けていたら緑の党、社会民主党の支持率がさらに上がってしまう」と瞬間的に理解したわけです。

 「私は日本ほど技術水準の高い国でも、原子力の高いリスクをコントロールできないと理解した」。原子力批判派に「転向」した彼女が六月、連邦議会で行った演説が深く印象に残っています。

 私が日本で講演を行うたびによく受ける質問があります。「ドイツは自国では原子力をやめるというが、原発で作られた電力をフランスから輸入している。矛盾ではないか」と。

 欧州では各国で、需要と供給の原則にのっとり電力をやりとり(輸出入)しています。したがってドイツはフランスからの電力に原子力が使われていることを理由に「輸入したくありません」ということはできないし、物理的に原子力と再生可能エネルギーで作られた電力を分けることは不可能です。さらに、国家安全保障との絡みもあり、原子力の比率を下げろとフランスに言うのも内政干渉にあたり難しいわけで、ドイツは自国の原発からまず始めたわけです。七基の原発を止めたため、一時的にドイツの電力輸入量が増えましたが、通年では輸出量が輸入量を超え、二〇一二年の輸出超過量は前年の四倍に増えました。

 ドイツでは原子力をめぐる論争は一九七〇年代に始まり、脱原子力などを求める市民らが集まり八〇年に緑の党が結成されました。ドイツではこれまで少なくとも十カ所の原発、高速増殖炉などの核関連施設が建設中止、計画放棄されました。八六年のチェルノブイリ事故では、連邦政府の情報開示が遅いと批判が高まりました。原子力事故について、政府への根強い不信感があるのも確かなようです。

 エネルギー革命の柱は(1)脱原子力(2)温室効果ガス、特に二酸化炭素の大幅な削減(3)再生可能エネルギーの拡大(4)省エネ−の四つです。

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 今、ドイツでは、再生可能エネルギーの助成制度を見直せという声が強まっています。消費者が毎月支払う電力料金に上乗せされる再エネ助成金がここ数年間、大幅に増えているからです。

 エネルギー革命を達成するため必要とされる送電網の建設も住民の反対で、大幅に遅れています。また再生可能エネルギーをバックアップする化石燃料の発電所が、電力の卸売価格が安くなったために、稼働率と収益性が悪化しているという現実もあります。

 ドイツでのエネルギー革命ですが、五〇年までに80%を再生可能エネルギーにする目標は、遅れる可能性もあると思います。しかし脱原子力、再生可能エネルギーの拡大という方針は変更されないと思います。脱原子力は、国民的な合意です。これを見直そうとする党は、選挙で負ける可能性があるのです。ドイツの政治家は経済団体よりも国民の意見を重視する傾向があります。

 ドイツは先進工業国としてエネルギーの消費を減らしても経済成長が可能であることを世界中に示そうとしているのです。

 本日はありがとうございました。

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 熊谷徹(くまがい・とおる) 1959年東京生まれ。早大政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中にベルリンの壁崩壊。米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてミュンヘン市に在住。統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題などを取材している。著書に「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」「脱原発を決めたドイツの挑戦・再生可能エネルギー大国への道」など多数。2007年度平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞受賞。

【対談】熊谷さん×福島特別支局・井上編集委員

脱原発を進めるドイツの事例を紹介する熊谷さん

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 井上 ドイツには日本の電源三法のような地元への補助金政策がないが、どうして原発が設置できたのですか。

 熊谷 雇用が生まれ、営業税の税収が地方自治体に入るととらえられているからです。ただ十を超す核関連施設が反対運動などのため建設されませんでした。カルカーに高速増殖炉を造ろうとしたが、激しい反対で建設できず、この跡地は今は遊園地。ドイツの原子力文明が終わったことの象徴だと思います。

 井上 ドイツで秋に総選挙があります。野党は脱原発を訴え、与党はこの間まで原発推進だった。選挙はどうなりますか。

 熊谷 与野党ともに単独で過半数を取れない可能性が強い。エネルギー政策におけるメルケル政権の目標は二〇五〇年までに再生可能エネルギーの比率を80%に増やすこと。今春に緑の党が発表したマニフェストでは、三〇年までに100%に、社会民主党も五〇年までに100%にすることを目標にしています。

 井上 再生可能エネルギーはあんなに金がかかるのかと批判も出ている。ドイツでも電気料金が上がっている。再生可能エネルギーに価格競争力はあるのでしょうか。

 熊谷 日本の太陽光による電力の買い取り価格は高いといわれますが、ドイツでも初期には今よりも高い水準でした。しかし価格は漸減しています。料金だけを見ると、ドイツで再生可能エネルギーだけを売る販売会社の電気料金は、それ以外の電力に比べ大幅に高いとはいえない。特に水力を多く使っている会社は価格競争力がある。

 井上 再生可能エネルギーが始まったばかりの日本は、高くても仕方がないくらいの気持ちでいいと。

 熊谷 緑の党の哲学は、エネルギーのコストをわざと高くすることで消費量を減らす考え。これが日本ではあまり理解されていません。ドイツは経済的な理由から再生可能エネルギーを増やそうとしているという見方がありますが、そうではなく、政治的イデオロギーから拡大させているのです。

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 井上 日本では使用済み核燃料の最終処分場が決まらないまま何十年も過ぎています。ドイツはどうですか。

 熊谷 市民の半数以上が反原子力である理由の一つが、高レベル放射性廃棄物の最終処分場が決まっていないことです。一九七〇年代にニーダーザクセン州のゴアレーベンが候補地として発表され、その後凍結されました。メルケル政権は一五年までに候補地の要件を決め、三二年ごろまでに候補地を決定するつもりです。ただ、候補地が決まれば反対運動が強まることが予想されます。

 井上 技術者の倫理という問題があります。メルケル首相の倫理委は衝撃的です。日本で原発を止めるとなると科学者、技術者の判断で倫理は出てこない。なぜドイツは倫理を選んだのですか。

 熊谷 福島事故より前から倫理委はありましたが、テーマは遺伝子操作、生命科学、医学の問題が中心でした。政府内には、原子力、脱原子力を倫理委で議論することに反対意見もありましたが、「原子力の問題は国民の健康と安全にかかわる問題」というメルケル首相の意見が通りました。

 井上 福島特別支局に着任し、飯舘村の菅野典雄村長と話をしていて、これは福島以外の日本人へのメッセージだと思ったことがありました。「東日本大震災から何を学ぶべきか忘れているのではないか。経済第一、成長第一の発想からの転換が必要だとあの時思ったのではなかったのか」(菅野村長)と。ドイツから見て(今の日本は)どうですか。

 熊谷 日本人は勤勉な民族です。しかし経済的効率性を追求するあまり、もっと大事な自分の人生や健康といったものを無視してまで頑張ってしまいます。私はその姿を「木を見て森を見ない」国民性だと思います。一方ドイツ人は、自分や家族の健康と安全を第一に考える。エネルギー問題に関しても、経済的利益や効率性だけではなく、自分の健康と安全にどんなリスクがあるかを優先して考える。そんなふうに感じています。

◆参加者との質疑応答

 Q=脱原発は冷戦終結(東西統一)と関係がありますか?

 A=関係ありません。緑の党と社会民主党の左派連立政権(シュレーダー政権)が1998年に生まれたことが、最大の原因です。緑の党は2000年に電力会社との間で初の「脱原子力合意」を達成し、再生可能エネルギーの本格的助成を始めました。

 Q=原発を停止することで電気料金が上がり企業の国際競争力が落ちるということが現実にあるのでしょうか?

 A=ドイツの電力販売会社は今年1月に約10%電気料金を引き上げましたが、この原因は再生可能エネルギーに対する助成金が大幅に増えたことです。原子炉7基の停止が直接の原因ではありません。

 Q=日本では発送電分離が取り沙汰されているが、ドイツでは?

 A=大手電力会社4社のうち、3社が送電部門を完全に売却して「所有権分離」を行いました。それでも英国や北欧に比べて発送電分離が遅れました。欧州委員会は発送電の分離を促進するよう、ドイツに対し強く勧告しています。

 

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