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【東京新聞フォーラム】

「絵本のチカラ−3・11後の私たちの生き方」

即興の合作「絵本作家たちのゲルニカ」を制作する降矢奈々さん(右から2人目)=10月25日、日本新聞博物館で

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 国内外の絵本作家やイラストレーターなど百十人が参加した展覧会「手から手へ展−絵本作家から子どもたちへ 3・11後のメッセージ」(東京新聞など主催)が横浜市中区の日本新聞博物館で十月二十六日から開催されている。その初日、スロバキア在住の降矢奈々(ふりやなな)さんやドイツ人作家ミヒャエル・ゾーヴァさんら出品者が会場に集まり「東京新聞フォーラム 絵本のチカラ−3・11後の私たちの生き方」と題した対談とパネル討論を行った。絵本作家たちが受けた3・11の衝撃と、子どもたち、未来への思いを紹介する。同展は十二月二十三日まで開催。

◆第1部 対談

 降矢奈々さん×ミヒャエル・ゾーヴァさん

 降矢 東日本大震災の時、私はスロバキアの自宅にいました。爆発事故はインターネットとテレビのニュースで見て、建屋が吹き飛ぶ映像に驚きました。 

 ゾーヴァ 自宅でテレビを見ながら仕事をしていたと思います。津波の映像は言葉にならないほど恐ろしいものでした。原発爆発の映像に、これは深刻なことが起きていると思いました。ドイツでは何十年も前から原子力反対の社会運動があり、緑の党もそこから生まれました。なので二十年も前から「いずれは脱原発」という世論があります。

ふりや・なな スロバキア在住の絵本作家。ブラチスラバ美大版画科でドゥシャン・カーライ教授の下に石版画を学ぶ。作品に『めっきらもっきらどおんどん』『いそっぷのおはなし』など。1961年東京都生まれ。

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 降矢 チェルノブイリ原発事故がきっかけですか。

 ゾーヴァ それが大きな要因だったと思います。安全性に疑問を持っていて、いつもリスクについて話題になっています。僕が思う最終的なリスクは人間です。

 降矢 スロバキアには原発が二カ所あります。そんなに豊かな国ではないので、原発からエネルギーの供給を受けることはとても大事なこと。資源もあまりないので、ウクライナ経由でロシアからガスが来ています。チェルノブイリ以降、政治も原発を見直す方向で動いていましたが、ウクライナがロシアにガス代を払わなかった問題で、ガスの供給を止められたことがあり、その時の危機感から見直しをやめてしまったようです。

 ゾーヴァ 日本は津波で大変なことになりましたが、ドイツでは政治的な津波がありました。南ドイツのバーデン・ビュルテンベルク州で福島事故の二週間後に選挙があり、ずっと保守的な政党がトップにいた地域で緑の党が勝ったのです。これにはみんな驚きました。メルケル首相は政治判断で、それまでの原発維持の考えを改め、脱原発へと方針を転換して複数の原発を停止させました。

ミヒャエル・ゾーヴァ 画家。ベルリン芸大、美術教師を経てフリーに。主な作品に『ちいさなちいさな王様』など多数。1995年オラフ・グルブランソン賞、2013年にゲッチンゲン・ヘラジカ賞受賞。1945年ドイツ・ベルリン生まれ。

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 降矢 昨年の日本の選挙では保守政党が政権に返り咲きました。それまで原発を推し進めてきた政党の圧勝に、頭をガーンと殴られたような衝撃を受けました。

 私は嫉妬や差別といった人の心の動きが人間自身を痛めつけている気がします。そんな時、絵本や絵は、気持ちに訴えていくものだと思います。

 ゾーヴァ 僕が出品した作品は、実は原発事故以前に描いたものです。原発推進派の政治家で、後に電力会社のトップになった人物への風刺画(六百八十年後の人けの無い世界で、イモムシ家族が核融合しながらうごめいている)です。

 僕は子どものためには原発反対とか賛成とかという本を与えない方がいいと思う。難しすぎて大人でも解決できない問題だからです。では、何を描くかというと、精神的な傷を癒やすようなもの、事故をどうやって解決すればいいのかを助けるような作品を描きたいと思います。

◆第2部 パネル討論

 あべ弘士さん、那須田淳さん、はたこうしろうさん、降矢奈々さん、ミヒャエル・ゾーヴァさん

あべ・ひろし 絵本作家。北海道・旭山動物園に飼育係として24年間勤務。『あらしのよるに』で講談社出版文化賞受賞。『かわうそ3きょうだい』『ふたごのしろくま』シリーズなど。1948年北海道生まれ。

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 那須田淳さん 3・11の日、僕はベルリンにいました。テレビでは日本が沈み行くというテーマでニュースが流れ、不安の中にいました。降矢さんは原発事故直後から手から手へ展の構想を始めていましたね。

 降矢 チェルノブイリ事故の時にショックを受け、原発を勉強したのに、時間がたち忘れてしまった。福島で再び同じショックを受け、自分はばかだと思ったのです。何かしないと後悔すると思い、アクションを起こしました。

 那須田 多くの作家が集まりましたね。

 降矢 最初はシンプルに何人かの作家仲間に声をかけ、小さな画廊でやれたらくらいに思っていました。声をかけ始めたら賛同者が増えて大きくなりました。

 那須田 イタリアのボローニャで開催して、また大きくなりましたね。

 降矢 ボローニャで活躍する日本人の知り合いに「手伝うからここでやったら」といわれ、ブックフェアの公式イベントにしてもらったのです。

 那須田 あべさんが出品された理由は。

なすだ・じゅん 作家。1995年からベルリンに在住。主な作品に『ペーターという名のオオカミ』(坪田譲治文学賞)など。ゾーヴァさんの翻訳『ちいさなちいさな王様』(共訳)ほか多数。1959年静岡県生まれ。

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 あべ弘士さん 絵描きができることはこれくらいなので。仲間の絵本作家も何かしなくてはと考えて、いろいろやっています。現地に行くし、芝居をやって、そこでの寄金の全額で本を買って、福島に文庫を何カ所も作ったり。

 はたこうしろうさん 僕は降矢さんと同じように、前の衆参の選挙結果がショックだった。原発事故が起きて世界が変わり、衆院選でもう一度世界が変わって、参院選で完全に壊れた。日本はこんな国だったのかと悲嘆しました。ではどうやって生きていこうか、どうやって子どもと接して、どう発信すればいいのか考えています。

 ゾーヴァ ドイツでもこの前の総選挙で緑の党が負けました。理由はいろいろあって、緑の党自身がやってしまったこと、メディアに批判され続けイメージが悪くなったこともあります。

 那須田 あべさんは自分の思いや、世の中に対する思いとかをどう作品に投影していくのですか。

 あべ 動物園の飼育係をやって十年を過ぎたころ、飼育係は動物と濃い付き合いをしていく中、動物とお客さんとの通訳になるのが仕事と気づきました。今は読者と動物の間の通訳、絵描きとして、絵本作家として、通訳として、絵を描いている感じです。

 那須田 はたさんはいかがですか。

はたこうしろう 絵本作家、イラストレーター、グラフィックデザイナー。主な作品に『なつのいちにち』『はじめてずかん どうぶつ(1)(2)』『ことりのゆうびんやさん』など。1963年兵庫県生まれ。

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 はた 事故が起きた背景に、経済が全てで、自分を幸せにする神様はお金なんだという考え方が世界中を侵食し、その一つの結末が原発事故だったと思うようになりました。

 僕は子どもの頃から生き物が好きでした。今の子どもたちは生き物と接する時間が少なくなってきたと思うので、少しでも植物や動物を見たり、楽しむことができるものを作って役に立ちたい。

 那須田 降矢さんは。

 降矢 どうしたらいいだろう、という気持ちでいっぱいですが、震災後に日本の昔話「ききみみずきん」を描きました。あらためて読んで、昔話には昔の人の知恵や風刺が込められていると感じました。じかに政治的な言葉を入れなくても、しっかり話を読むと、その中に込められている意図がある、それがヒントになって、新しいものが作れるのでは、と思っています。

 ゾーヴァ 僕たち大人から見ても原子力、放射能は、本当に理解不能なものです。きれいな芝生があって、青空に白い雲、芝生には花が咲いている風景が、ある日、目には見えない放射能に汚染され、危ないということになる。子どもたちにはとても理解できないことです。人間は目に見える危険を避けることはできるが、見えない危険を察知する能力はない。

 あべ 動物園の動物は無視されることを嫌がるんですよね。みんなが見に来てくれると、パフォーマンスをするんですよ、喜んで。福島のことを私たちは無視しつつあるのではないか。無視したり、無関心になることが一番怖い。

 ゾーヴァ 日本は素晴らしい発明やたくさんの開発をしてきたわけで、特に環境保護に関しては、自動車の場合、厳しい環境ルールや規制にいち早く対応した国です。なのになぜ、原子力のままやってきたのか不思議です。地震も、津波もある日本に原発は向いていない。日本に適した電気の作り方があるはず。もう一つの福島だけは絶対だめですから。

 

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