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【東京新聞フォーラム】

「富士山の魅力 −登ったり、眺めたり−」

講演を聞く来場者=東京都墨田区の江戸東京博物館で

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 昨年6月に世界文化遺産登録された富士山をテーマに、東京新聞フォーラム「富士山の魅力 −登ったり、眺めたり−」が5日、東京都墨田区の江戸東京博物館ホールで開かれた=「岳人」協力。鹿屋(かのや)体育大学教授の山本正嘉氏が「富士山に登るためにすべきこと −安全登山のために−」、NPO法人富士山測候所を活用する会理事の土器屋由紀子氏が「『富士山測候所』から −山頂の研究・教育活動−」、明治大学など非常勤講師の田代博氏が「見力(みりょく)の山 −富士山の眺め方−」をテーマに話した。

◆いろいろ楽しめる山 東京新聞・仙石誠代表

 富士山は自然遺産ではなくて、文化遺産として世界文化遺産に登録されている。日本人が、自分たちの暮らしの中で、どういうふうに位置づけているのか、それが評価された。高い山は西洋では征服の対象だが、日本人の考える高い山は、ある意味信仰の対象であり、眺めて楽しむものであり、いろんな楽しみ方がある。それが西洋とは違う。いろんな観点から語ることができる山が富士山です。富士山をよく知る講師の方たちに集まっていただきました。

◆ゆっくり、水飲み、低山から 鹿屋体育大教授・山本正嘉さん

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 富士山を安全に登るにはどうすればいいのか。出発までにしておくことと、現地ですべきことの二つの面から考えたい。

 登る人にとって富士山は、日本一運動量が多く、酸素の量が少ない。空気が薄い状態で東京タワーを四回往復するようなものです。まずは、自分が富士山に登れる体かどうか、チェックすることが大切。低い山に登り、ガイドブックのコースタイムどおりに歩けるかを調べてみよう。

 トレーニングの見直しも必要になる。普段から平らな道を三十分ウオーキングしているから、駅の階段を歩いて上っているから大丈夫と思う人は多いが、富士山では通用しない。階段ならビルの一階から五階までを二十分間以上は往復するぐらいでやっと山の体づくりになる。近くの低山に何度か登っておくと効果が高い。現地では高度による疲労(急性高山病)、寒さによる疲労(低体温症)、エネルギーや水分の欠乏による疲労が襲う。

 高所では「ゆっくり歩く」「水を飲む」「呼吸法に気をつける」必要がある。ゆっくり歩くとは一時間で二百五十メートル上がるペース。駅の階段を普通に歩いている人は一時間で八百メートルくらい上がっている。これでは速すぎる。階段十段を二十五秒かけるのが富士山ペースです。

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 高山病は男女、年齢、体力のあるなしにかかわらず半数くらいの人が罹(かか)る。頭痛が必ずあり、その上で吐き気、めまいなどが起こる。バスで五合目まで来て、すぐに登り始め、頂上近くの山小屋ですし詰め状態で寝る。これが高山病になりやすいパターンだが、そんな状況で登っている人も多い。高山病が起きた時には、ゆっくりと深い呼吸をすると症状が改善します。低体温症は体の中心部の温度が三五度以下になった状態で、夏山でも起きる。天候が悪い状況の時は行動を避けてください。

 エネルギーが欠乏すると脳や神経の働きが低下し、集中力や判断力が落ちる。水分が欠乏すると、心臓への負担が増す。水分補給の目安は、自分の体重に行動時間をかけて五倍する。六〇キロの人が六時間歩くとすると千八百ミリリットル、一升の水が必要で、その七割は補給したい。

 <やまもと・まさよし> 鹿屋体育大学教授、および同スポーツトレーニング教育研究センター長。専門は運動生理学とトレーニング科学。主著は『登山の運動生理学百科』。2001年に秩父宮記念山岳賞を受賞。1957年生まれ。

◆測候所で異分野連携 江戸川大名誉教授・土器屋由紀子さん

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 富士山測候所を借りて二〇〇七年から大気汚染などの調査を行っている。なぜ富士山にこだわるかというと、富士山が独立峰で、山頂は、地面の熱や摩擦、人の活動による汚染大気がたまる大気境界層(千メートルぐらい)の上の自由対流圏高度にあり、地表の影響を受けにくく、また偏西風が強く二酸化硫黄や水銀、粒子状物質(PM)2・5などの大気汚染物質が大陸から運ばれてくるので、これらの観測に適しているからです。富士山頂の高さに飛行機で上がり観測するとなると、経費もかかります。

 富士山頂では気象学だけでなく、化学分析、二酸化炭素の観測、雨の化学分析など大気化学、永久凍土とコケの関係を使った温暖化の調査、天文学の研究まで行っている。

 富士山測候所を借りての研究は反響も大きく今年も十六のプロジェクト、五百人が観測、研究を行います。広い範囲の研究を受け入れることで、異なる分野の連携ができ、新しいチャレンジができるメリットはあるが、公的援助は一切なく、常に資金が苦しいというのが悩みです。

 最近のトピックスとしては、一三年八月の桜島の噴火で、二日後に二酸化硫黄濃度が上昇、火山の影響による大気汚染が分かりました。また同年夏、落雷時に起こる珍しい高高度発光現象の一つとされる「スプライト」の写真撮影に成功しています。

 同時に、測候所は四千メートル級の監視タワー。東日本大震災での福島第一原発の事故での放射性セシウムを含んだ汚染空気の固まりは、山頂では検出されなかったが、千五百メートルの登山道では検出された。観測データをつなぎ合わせると二千五百メートル以下のところを通ったのではないかということが分かりました。

 今後は測候所の教育への活用にも力を入れていきたい。

 <どきや・ゆきこ> 江戸川大学名誉教授。2004年に無人化された富士山測候所の有効活用に向け、「NPO法人富士山測候所を活用する会」の立ち上げに参加、同会理事を務め、広い分野の研究や教育のサポートを目指している。1939年生まれ。

◆自然と景観、問われる感性 明治大学など非常勤講師・田代博さん

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 富士山が見える限界の地に関心を持つようになったのは、「岳人」誌の依頼がきっかけだった。富士山が見える範囲を地図化した「可視マップ」(一九八六年)を作製し、仲間とともに実証(証拠写真の撮影)をするようになりました。特徴的なのは南限の八丈島三原山。八丈島と富士山の間に暖流の黒潮が流れ、水蒸気が多く上がるので視界がさえぎられ、実証までに時間がかかった。最遠望は和歌山県那智勝浦町の色川富士見峠。距離は三百二十三キロでギネスに登録されてもいいほどです。

 マニアにとって価値がある見え方の富士山を「プレミアム富士」という。富士山は単独でも美しいが、何かと組み合わせるとより見方が多様になる。コラボの魅力です。山頂に太陽がかかればダイヤモンド富士、満月ならパール富士。ダイヤモンド富士は、見る位置で昇るダイヤと沈むダイヤがある。他にも「トンネル富士」「消え富士」「車窓富士」「機窓富士」「路上富士」「ミラー富士」など、多彩な見方で楽しめる。

 東京は江戸時代から、富士山を見ることが生活の中に入っていた。従って富士見坂など富士見地名が東京には多い。山手線内に十六ないし十八カ所あるが実際に見えるのは二カ所だけでした。その一つ日暮里の富士見坂からは、富士山が世界遺産に登録された二〇一三年六月にマンション建設で見られなくなった。荒川区は「眺望の予約」という将来の指針を出しています。今は景観が遮断されているが、建て替えの時期がきたらその視線上に再び建てさせない。そんな運動が必要ではないか。自然との共生が主張される時代、地に足をつけて富士山を眺めることの意義は大きい。

本栖湖そばの竜ケ岳から見た昇るダイヤモンド富士=田代博さん提供

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 富士山は登ってもいいが、眺めても楽しめ、見る者に力を与えてくれる「見力の山」である。一方で課題が山積しています。私が特に気になっているのが景観の問題。富士山をずたずたにする電線、電柱、看板の放置には日本人の感性が問われます。裾野に広がる演習場の存在も考える必要がある。富士山を眺めることは、日本のあり方を考えることにも通じると思います。

 <たしろ・ひろし> 明治大学、聖心女子大学、お茶の水女子大学非常勤講師。NHK高校講座地理講師。日本地図学会評議員。地図地理検定委員会委員長。日本地図センター理事。地図情報センター評議員。富士山に関する著書多数。1950年生まれ。

 

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