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【東京新聞フォーラム】

「スポーツのチカラ オリンピック・イヤーに考えるスポーツの未来」

 東京新聞フォーラム「トップアスリートスポーツフォーラム スポーツのチカラ」(東京新聞、東京都スポーツ文化事業団、東京都主催)が一月三十日、東京都渋谷区の東京体育館第一会議室で開催された。ゲストの世界野球ソフトボール連盟理事の宇津木妙子さん(62)、プロ車いすランナーの廣道純さん(42)が、今年八月に迫ったリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック、二〇二〇年東京大会の展望や期待とともに、障がい者スポーツの普及など幅広い熱いトークを展開。約百五十人の来場者は熱心に耳を傾けていた。

  =司会・鈴木遍理(とおみち)東京新聞論説委員(スポーツ担当)

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◆都スポーツ文化事業団・川瀬航司事務局長

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 ゲストのお二人の話で会場のみなさまにはスポーツの魅力を知ってもらい、スポーツライフの充実を図ってもらえれば幸いです。また、現在のスポーツ界のタイムリーな話題、生涯スポーツを楽しむコツなどもトップアスリートのお二人から聞かせていただきたいと思っております。

◆東京新聞・大島宇一郎代表

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 2014年からトップアスリートをお招きし、開催しているこの東京新聞フォーラムも3回目です。本日のゲストにもリオや東京五輪・パラリンピックの展望だけでなく、スポーツの苦労話、裏話も含めてたっぷり話していただけると思います。東京新聞は障がい者スポーツも力を入れて報道していく方針です。最後までお楽しみください。

◇悔しさ 強さに変える

 鈴木遍理論説委員兼編集委員 本日のゲストの二人は多忙な人で、宇津木さんはイタリアから、廣道さんはオーストラリアから先日帰国したばかりです。

 宇津木妙子さん 現地で野球の代表とともに指導者の研修で朝から晩まで戦術やピッチングなどを教えていました。これまでの米国に代わって今回から日本が指導を担当したのですが、イタリアは本当に熱心で強くなるな、と実感しました。

 廣道純さん オーストラリアでは、シドニーなどで今年の最初の試合に臨みました。年間多い時で海外含め、三十試合に出場するのですが、一日に四百、千五百メートルなど複数の種目に出ることもあり、結構過酷です。

 鈴木 リオのパラリンピックが近づいてきました。

 廣道 六月の最終選考までに世界ランクを上げたい。実はオーストラリアで練習中に乗用車にひき逃げされたんです。競技用の車いすはつぶされ、犯人はまだ捕まっていません。十メートルぐらい飛ばされました。車体は壊れ、ヘルメットも割れましたが、幸い体は大丈夫でした。もしかしたらここにはいなかったかも。

宇津木妙子さん

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■契機

 鈴木 会場のみなさんも自転車に乗るときはヘルメット着用ですよ。さて二人がスポーツを始めるきっかけは?

 宇津木 きっかけは勉強ができなかったから(笑い)。でも運動は駆けっこで学校一番。中学でソフトボール部に入った。当時の先生が「みんなそれぞれの役割があるのだから、何かで一番になれ」と指導してくれたのが背中を押してくれました。でも当時は先生・先輩は絶対で、嫌なこともありましたが、何とかついていき、高校卒業後ユニチカに入り、世界、五輪へとつながりました。

 廣道 私も宇津木さんと共通なのは勉強ができなかったこと(笑い)。一歳上の兄は優等生で言われたことをきっちりやるタイプで、自分は言われるとすべて反発していました。その代わり、駆けっこは一番でしたが、上下関係、先輩後輩というのが駄目で陸上部は退部、テニスは球拾いが嫌で一日で退部しました。

 宇津木 私も中学の時いじめられました。

 廣道 えっ、宇津木さんをいじめる人がいるんですか(笑い)。私は退部を繰り返していた高校生の時、バイクを乗り回していて事故に遭い、障がいを負いました。ここで転落の人生が始まるのではなく、「良かった。生きてて」と思ったんです。出会った当時の医師から「車いすでもスポーツできるんだよ」と励まされ、十六歳で車いすアスリートになりました。

宇津木麗華選手(手前)に声をかける宇津木妙子監督=2004年アテネ五輪のイタリア戦で

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■飛躍

 鈴木 廣道さんは大分県在住ですね。

 廣道 大分は三十五年前、車いすマラソンの先駆け、大分国際車いすマラソン発祥の地です。でも地元に有力選手がおらず、地元の会社に採用してもらい関西から移ったんです。競技を始めて五年後の大会で日本一になりました。

 鈴木 九六年はアトランタ五輪でソフトボールが初めて公式競技になった年ですね。

 宇津木 当時はコーチで開会式を迎え、選手に見られないところで大泣きしました。日本初の五輪出場でしたが、正直船頭が多く、誰について行っていいか悩んでしまい、一体感に欠けていた。それを学んで帰国しました。

 鈴木 そしてシドニー(二〇〇〇年)で銀メダル。

 宇津木 ソフトをメジャーにしたいという思いがありました。私が現役時代の所属先であるユニチカで(注目される)バレーボールとソフトの大きな違いを痛感していた。だから「シドニーでメダルを取れれば」と二十二人の選手には「日本のソフトのために犠牲になろう」と厳しい練習を重ねたんです。大会では予選から全勝していたが、決勝で米国に負けてしまった。試合後、決勝点を奪われるエラーをした選手はトイレで泣いていました。私はその選手に「何泣いてんだ。おまえのせいで負けたんだ」と言ってしまった。

 今度は選手たちから「みんなのミスで負けたんです」と逆に説教された。誰しも失敗したくて失敗しているわけではない。指導者として「言葉って怖い」と今でも反省しています。

 鈴木 そのシドニーのパラリンピックで廣道さんも銀メダル(八百メートル)ですね。

 廣道 その前のアトランタ大会には選ばれなかったのが悔しくて、出場した選手を倒そうとやってきた。レースでは最後の直線で追い込み二番手になり、ゴール前の勢いはあったが、トップの選手には届かなかった。「銀」って悔しいですよね。宇津木さん。

◇戦う気迫 生で感じて

廣道純さん

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 宇津木 みんな「よくやった」とは言うけど、やはり悔しいです。

 廣道 北京パラリンピックでは中国選手が世界記録を破って金メダルを獲得した。私は八位。でも決勝出場の八人全員が世界記録だった。世界レベルが大きく上がったのに、自分は少ししか上がっていなかったんです。

 鈴木 今年八月五日にリオ五輪が開幕、九月七日にはパラリンピックも始まります。

 廣道 現在世界ランク十三位を六月までに(選考が)堅い八位から五位まで上げたい。選ばれて当然というレベルに自分を高めなくては駄目でしょう。

 鈴木 リオで注目の他競技は?

 宇津木 ゲームスポーツとしてホッケーが楽しみです。

 廣道 プーマジャパン所属なので、同じプーマのボルト選手が気になります。あとは地元ブラジル選手がどう強化を図っているか。東京大会に向け探りたいですね。

■願い

 鈴木 二〇二〇年、東京五輪・パラリンピックを想像してください。

 宇津木 スポーツだけでなく、日本全体がどう関わるか。ソフトが復活すれば、そのプレッシャーもすごいはず。選手は覚悟を決めなくてはならないでしょう。大会招致の時、東日本大震災をきっかけに日本中の絆が強まり、一体感があったような盛り上がりがほしい。

 廣道 パラリンピックでは会場に足を運んでくれる人が増えることを期待したい。海外開催では見たくてもテレビ中継もほとんどやっていない。生で見てもらえればアスリートとして戦っていることが分かってもらえる。今までは、放送があっても「なぜ障がいを負ったのか」「どうして競技を始めたのか」という競技から離れた内容ばかり。観客の振る日の丸の中で走れたら必ず力をもらえます。私は海外の試合でも日の丸を探すんです。誰だか知らないけど、うれしくて手も振っちゃいます。

 鈴木 (廣道さんの競技中の写真を手に)競技用の車いすはどんなもの?

 廣道 レーサーと呼ばれる特製の車いすは三輪でシートに体を収め、しっかり固定します。自動車でいうトップギアのような高速対応のギア比なので、スタートは遅いが、次第に加速します。例えば、百メートルは十五秒かかるが、八百メートルだと、五輪記録を上回る一分三十秒台。フルマラソンなら一時間二十分台です。

 鈴木 慣れない人がレーサーに乗ったら?

 廣道 オーストラリアのジムで筋肉隆々の人が練習用の固定のローラー台でチャレンジしたら、一分間で二百メートル、自分は七百メートル。筋肉も大切ですがテクニックなんです。私も車いすテニスを試しましたが、ラケットを持って車いすを動かすのは大変で、中学の時と同じで一日でやめました(笑い)。車いすラグビーの車いすはバンパーでガンガン体当たりができる構造で、私から見ると「凶器」です。また骨折りますよ(笑い)。

 宇津木 埼玉県の知的障がいの子どもたちにソフトを教えましたが、思う以上に普通にゲームをします。楽しめるようなルールを作ってみたい。

 廣道 オーストラリアなどでは街に車いすの人が多い。交通機関もノンステップバスや電車のドアも配慮され、気軽に外出できる。子どもから「日本は父ちゃん以外あまりいない」と思われてしまうようでは駄目です。

レーサーと呼ばれる競技用の車いすで疾走する、レース時の廣道純さん(左)=2014年の日本選手権で

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■文化

 鈴木 生涯スポーツについて意見を。

 宇津木 私は子どもの時、神社の境内での三角ベースから始めた。高齢化社会の中、みんなで集まってスポーツするのが大切でしょう。何も九人いなくても、試合できなくてもいい。そんな文化になれば。ソフトが金メダルを取ったら「ワーッ」と騒ぎ、五輪競技から外れたら「あの人誰だっけ?」という「熱しやすく冷めやすい」から脱するのが二〇二〇年に向けて大事なところだと思います。

 話は変わって、正月に箱根駅伝のフィニッシュの東京・大手町に行った際、高齢の夫婦が「毎年来てます。来年も来るためゴールを見て『今年も頑張るぞ』と自分に言い聞かせるんです」と話してました。それを聞いた時、本当にうれしかった。スポーツを見る文化ですね。

 鈴木 会場からも二人に質問が届いていますので、答えてもらいましょう。最初はラグビーの五郎丸選手で話題になった「ルーティン」はありますか?

 宇津木 ルーティンにしょっちゅう怒鳴っていましたけど(笑い)。監督は孤独な存在です。いつも「自分に負けるなよ」と言い聞かせ、腹に力を入れていましたね。

 廣道 一切ないですね。逆にあると、それができなかったら不安になる。例えば、朝ご飯はこれ、前日は何時に寝るとか。どんな状態でも「おれはやってやる!」の気持ち優先です。

 鈴木 次は良いチーム作りの秘訣(ひけつ)は?

 宇津木 常に選手と会話をしてほしい。公平・平等とはいえ、レギュラー、補欠は仕方がないが、レギュラー以外でもこうやって使うよ、とか言うことが大事。みなさん私が怖いと思っているかもしれませんけど、こちらから伝え、相手からも話してくれる結び付きが必要。家庭でも会社でも同じで、私はおせっかいなくらいどんどん話に入っていきます。

 廣道 自分は個人競技です。でも合宿とか一緒に互いのストレスにならないようコミュニケーションを取りながらやっています。そんな中で「みんなでリオに行こうぜ!」の気持ちを高めています。

東京新聞フォーラム「スポーツのチカラ」で発言を聞く人たち

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 <うつぎ・たえこ> 1953(昭和28)年、埼玉県生まれ。選手時代は実業団のユニチカ垂井で活躍。97年、全日本監督に就任し、2000年シドニー五輪で銀メダルを獲得。04年アテネ五輪で銅メダルと指揮官として活躍。05年に日本人初の国際ソフトボール連盟殿堂入りを果たす。現在、NPO法人ソフトボール・ドリーム理事長、世界野球ソフトボール連盟理事として国内外で競技の指導・普及に努めている。

 <ひろみち・じゅん> 1973(昭和48)年、大阪府生まれ。プロ車いすランナー(プーマジャパン所属)。高校生の時、バイク事故で脊髄損傷により車いす生活となり、車いすランナーの道へ。2000年、シドニー・パラリンピックのT53クラス800メートルで銀メダル、04年アテネで銅メダルを獲得。08年北京、12年ロンドンでは入賞し、4大会連続入賞を果たす。

◆ソフトボールとは

 日本国内でソフトボールが登場したのは、1921(大正10)年、米国留学から帰国した当時の東京高等師範学校の大谷武一教授が紹介したのが、最初とされる。戦後の46(昭和21)年、大阪で女子チームによる日本初のオープンゲームが開催され、49年には日本協会が誕生し、第1回日本女子選手権が開かれ、裾野を広げるきっかけとなった。野球は1試合9回だが、ソフトは7回で行われ、投手はアンダースローと規定されている。五輪競技としては96年アトランタ大会から加わった。日本は2000年シドニーで銀、04年アテネで銅メダルを獲得し、08年北京で念願の金メダルに輝いたが、12年ロンドン大会で競技種目から除外された。20年東京五輪で野球・ソフトボールの五輪復帰が期待されている。

◆車いす陸上競技とは

 車いすに乗って実施する陸上競技で、100メートル、800メートル、100メートル×4リレーなどトラック競技と42.195キロを競うフルマラソンのロード競技も行われている。使用されるのは競技用のレーサーと呼ばれる車いす。国内外でさまざまな競技会が開催され、ロードレースでは東京マラソンやホノルル・マラソンなどが国際的に知られている。車いす競技は障がいの部位や程度により、クラス分けが規定されている。廣道純さんの「T53」クラスを例にすれば、Tがトラック競技(Fは砲丸投げなどフィールド競技)を示し、5は障がいの種類、3は程度(0〜9があり、数字が小さいほど障がいが重いとされる)と区分されている。

◆パラリンピックの歴史

 パラリンピックは第2次世界大戦後、戦争で障がいを負った人たちが参加したロンドン郊外の病院名にちなんだ「ストーク・マンデビル競技大会」が始まりとされ、1988年のソウル大会からパラリンピックの名称が初使用され、大会も五輪と同じ会場を使用した。64年の東京五輪後に21カ国の選手・役員567人が参加、開催された大会は第2回パラリンピックに位置付けられている。

◆2020年大会は22競技

 2020年東京パラリンピックの競技種目は22競技(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会による)。テコンドー、バドミントンは初となる。

(1)アーチェリー(2)陸上競技(3)バドミントン(4)ボッチャ(5)カヌー(6)自転車競技(7)馬術(8)5人制サッカー(9)ゴールボール(10)柔道(11)パワーリフティング(12)ボート(13)射撃(14)シッティングバレーボール(15)水泳(16)卓球(17)テコンドー(18)トライアスロン(19)車いすバスケットボール(20)車いすフェンシング(21)ウィルチェアーラグビー(22)車いすテニス

 

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