東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 東京新聞フォーラム > フォーラム一覧 > 記事

ここから本文

【東京新聞フォーラム】

いざ!井伊直虎の浜松・浜名湖へ

食や自然、文化の観点から浜松の魅力について話し合われたトークセッション

写真

 東京新聞フォーラム「いざ!井伊直虎の浜松・浜名湖へ」(東京新聞主催、浜松市共催)が六月十八日、東京都墨田区の東京都江戸東京博物館で開催された。第一部は「女城主 井伊直虎とは」と題して、小和田哲男静岡大学名誉教授(73)=「戦国時代史」=が基調講演。第二部では「浜松−食・自然・文化の三重奏−」をテーマに、浜松市生まれのアナウンサー松本志のぶさん(48)がコーディネーターを務め、小和田氏、浜松市の鈴木康友市長(59)、浜名湖かんざんじ温泉観光協会の金原貴会長(63)をパネリストに、大河ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台となった浜松について、直虎と井伊家の歴史的な歩みや、魅力的な観光資源なども紹介。約四百人の聴講者は熱心に聞き入っていた。

◆主催者あいさつ 東京新聞事業局長・松川貴 

 浜名湖は東名高速、新幹線でも必ず通らないと、名古屋とか西の方には行けないという要衝の地であります。今回、大河ドラマにちなみ、東京新聞フォーラムを開くことができて本当に喜んでおります。短い時間ではありますが、お楽しみください。

写真

◆第1部 基調講演「女城主 直虎とは」 遺児を育て井伊家残す

 江戸時代になると、「無嗣(むし)断絶」といって、家督(かとく)を継ぐ男子がいないと改易されるので、家督は男子しか継げなくなる。しかし、戦国時代は子どもが女子だけだった場合、女子が家督を継ぐということがあった。遠江(とおとうみ)の国人領主で、戦国大名今川氏の家臣となった井伊家もそうであった。

 井伊直盛には女子一人しかおらず、叔父直満の子でいとこにあたる亀之丞(のちの直親)と結婚させ、家督を継がせるつもりでいた。ところが、その直満が謀反の疑いで誅殺(ちゅうさつ)されてしまい、亀之丞の命も危ないということで信濃に逃がされ、一人娘は悲嘆のあまり出家してしまった。そのとき、井伊家の菩提(ぼだい)寺、龍潭寺(りょうたんじ)の住職だった南渓和尚のはからいで次郎法師と名乗ることになった。

 十年ほどたって亀之丞がもどってきたが、次郎法師は還俗(げんぞく)しなかったため、直盛は亀之丞を養子に迎え、直親と名乗らせ、直親は一族の奥山朝利の娘と結婚し、そこに虎松(のちの直政)が生まれた。

 直盛が一五六〇(永禄三)年五月十九日の桶狭間の戦いで討ち死にし、また、直親も徳川家康との内通を疑われ、義元のあとを継いだ氏真の命によって殺され、男子は幼い虎松だけとなってしまった。そこで次郎法師が女城主となって井伊谷の支配に乗り出すことになり、やがて直虎と名乗っている。氏真の祖母にあたる今川寿桂尼が「女戦国大名」として一時期、今川領の支配にあたっていたこともあり、そのことも女城主誕生を後押ししたといえる。

 一五六八(永禄十一)年十二月、徳川軍が遠江に侵攻し、直虎の井伊谷支配に終止符が打たれるが、その後、直虎はかつての許婚(いいなずけ)直親の遺児虎松を育て、やがて、虎松が十五歳となった一五七五(天正三)年二月、徳川家康に仕えさせるのである。この虎松が家康から万千代という名を与えられ、さらに直政と名乗り、「徳川四天王」の一人となり、江戸時代、徳川譜代筆頭、彦根藩三十万石の礎を築くことになる。直虎が井伊家を残したといってよい。

「次郎法師(直虎)と虎松(直政)」(c)光山房

写真

◆第2部 トークセッション

静岡大学名誉教授 小和田哲男氏

写真

 松本志のぶ氏 地元に戻ったら、他県の車が多く、びっくりしました。大河ドラマで浜松は盛り上がって注目を集めているのだなと感じました。浜松を語るには欠かせない食、自然、文化の観点からパネリストのみなさんから魅力をお聞きしたいと思います。

 金原貴会長 浜名湖は海の水が混じる汽水湖で、面積は全国で十番目にすぎないが、魚介類の種類が多い。魚だけでも四百六十八種類もいる。かんざんじ温泉は塩分濃度が全国で三番目に高い。そのままでは入れないが、効能を生かしながら対応している。天然のトラフグも取れていたが、山口県下関市に送っているだけだった。今は地元の旅館などでブランド化に努力している。井伊直虎にちなんだ料理も試作している。文献が残っていないので懐石料理や丼物の創作料理になった。

 松本 ウナギを食べ始めたのはいつごろからなんでしょうか。

司会・アナウンサー 松本志のぶ氏

写真

 小和田哲男名誉教授 戦国時代にウナギのかば焼きはなかった。「うじまる」といってウナギをそのまま焼いてブツ切りにして料理していた。戦国時代の食事を再現したイベントで、うじまるを食べたが、まずかった。浜納豆も注目したい。当時の浜納豆はネバネバのない塩辛納豆だったが、家康も食べていた。豆は味噌(みそ)で煮込んで乾燥させていた。

 鈴木康友市長 カツオについては、高知県の人に「浜松では生で食べるのか」と言われたことがあるが、浜松の「モチガツオ」のことだ。カツオを刺し身で食べる習慣は多いが、カツオを新鮮なうちに沖締めしてモチモチした感触を味わう食べ方は他にはない。新鮮な「モチガツオ」を浜松に食べに来てほしい。

 松本 ウナギを出す店がたくさんある中でどこを選べばよいでしょう。

 金原 関東焼き、関西焼きがある。好みの味もあるので土地の人に聞けばよい。商工会議所にはウナギの焼き方、味付けを訓示した本もある。

浜松市長 鈴木康友氏

写真

 鈴木 浜名湖は海につながっているので太平洋側には砂浜もある。海と浜でほとんどのマリンスポーツができる。浜ではビーチバレー、ビーチフットボール、海上ではヨット、ウインドサーフィンも楽しめるので「マリンスポーツの聖地」にしようと思う。全国から若者を集める取り組みを始める。海水の湖で遊覧船事業にも取り組んでいる。サービスエリアから水上交通のよさを実感してもらったり、港として大河ドラマの舞台になった「気賀」を結んでもよいと思う。

 松本 大河ドラマ関連のイベントで紹介していないものはありますか。

 鈴木 井伊家歴代の祖霊を祭る菩提寺、龍潭寺や、大河ドラマにも出た臨済宗方広寺など奥浜名湖にはお寺がたくさんある。私は、龍潭寺などを含め、国指定の重要文化財を有する五寺院を「湖北五山」と命名したが、五山の御朱印巡りなどはどうか。

浜名湖かんざんじ温泉観光協会会長 金原貴氏

写真

 小和田 名刹(めいさつ)、古刹巡りは面白い。龍潭寺付近の井戸から井伊家の初代が生まれたことになっている。井戸から子供は生まれない。井戸の捨て子が先祖と自ら言っているようなものだ。ドラマでは林の中にあるが、現状の井戸は田んぼの中にポツンと存在している。井伊の先祖は井戸・用水を祭っていたかもしれない。

 鈴木 井伊谷城の遺跡は最初は登るにも手すりのない状態だったが、整備させ休憩用のベンチを置くなど、登りやすくなった。頂上まで登るのは大変だけれども浜名湖が一望でき、すばらしい眺望だ。旧引馬城、今の東照宮は出世につながる最強のパワースポットである。徳川家康と豊臣秀吉の二人の天下人が浜松に住んでいた。二人の像の真ん中で写真を撮ると運気が増すといわれている。

 松本 最後に一言ずつお願いします。今後の浜松のあり方はどうなりますか。

 鈴木 浜松には観光だけでなく移住してくる人も多い。物作りの街浜松にふさわしく浜松ベンチャー連合を作ったが、浜松以外の人が多い。快適な生活を送るには自然だけでなく都市機能があることが大事だ。浜松市は八十万人の都市。必要な都市機能もすべて整っている。三十分以内で海や山の自然を楽しめ、ゴルフもできる。一時間半で東京にも行ける。気候はよいからリタイア後の生活にも向いている。生活の発想を切り替えるべきだ。浜松は「仕事とレジャーが日本一近い街」だ。

 小和田 旧・引佐郡引佐町などの町史の編さんを二十年ぐらいやっていたが、自然が豊かで棚田も残っていることに驚いた。大河ドラマの刈り入れの撮影で棚田を使いたいという関係者の依頼に「撮影時に実る品種を植えます」と協力してくれた。民俗芸能も残っている。山奥にも残っていて見る価値がある。今年の大河ドラマのよいところは小さな城の城主なので地元の人と交流がある。今までの大河ドラマのように上から目線ではない。

 金原 浜松は自然がいっぱいある。まだ知られていないところもある。大河ドラマをきっかけに誘い合わせて行きたいところに行ってほしい。食べ物はなんでもおいしい。関東と関西の分かれる場所。ギョーザも有名でお店は三百店もある。甘くてサッパリ食べられる。

 松本 ギョーザをはじめ、浜松には多くのいいところがありますね。私の自慢の故郷なので、ぜひ多くの人に来ていただきたいです。

家康くんも参戦! 来場者を出迎える直虎ちゃん(左)と家康くん

写真

◆浜松市 「ひかり」でゆかりの街へ

 東京駅から新幹線ひかりで1時間半。浜松市は新東名開通効果により、関東からさらに身近になりました。風光明媚(ふうこうめいび)で日照時間も全国トップクラスという環境の良さもあるのか、健康寿命(*)は男女とも日本一なんです。またユネスコ創造都市ネットワーク(音楽分野)にアジアで初めて認定された「音楽の都」であり、「浜松国際ピアノコンクール」は直木賞を受賞した恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」のモデルとなりました。天下を統一した出世人・徳川家康や井伊直虎・直政ゆかりの浜松市は「出世の街」でもあり、自動車や楽器などの世界的企業を多数輩出しています。 (鈴木康友・浜松市長)

 (注*)健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のこと

◆かんざんじ温泉 湯ったり海の幸

 東京駅から約2時間半とアクセスが良く、「大河ドラマ館」や、「龍潭寺」などの直虎ゆかりの地に一番近い温泉地として宿泊はもちろん、新鮮な地の食材を使った料理も堪能していただけます。これから「遊園地・ジャンボプール」や「花火」の季節が始まり、秋から冬には「遠州灘(なだ)天然とらふぐ」や「浜名湖牡蠣(かき)カバ丼」などの遠州の味覚がぐっと数を増します。さらに春には、浜名湖周辺の花の施設をリレーで結ぶ「浜名湖花フェスタ」で桜やチューリップ、フジなどが咲き誇る景色は、あなたを圧倒することでしょう。

 (金原貴・浜名湖かんざんじ温泉観光協会会長)

写真

<おわだ・てつお> 1944(昭和19)年、静岡市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。現在、静岡大学名誉教授。文学博士。日本中世史、特に戦国時代史を専門とし、大河ドラマ「おんな城主 直虎」の時代考証を担当。近年の著書に「井伊直虎」「東海の戦国史」などがある。

<まつもと・しのぶ> 1969(昭和44)年、浜松市生まれ。元日本テレビアナウンサー。2009年まで報道、情報、スポーツ、バラエティー番組などを担当する。現在はフリーアナウンサーとして幅広く活躍し、BS日テレ「霞が関からお知らせします」「世界水紀行 セレクション」に出演中。

<すずき・やすとも> 1957(昭和32)年、浜松市生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、松下政経塾、衆議院議員を経て、浜松市長就任。現在3期目。そのほか三遠南信地域連携ビジョン推進会議会長、2011年からは指定都市市長会副会長も務める。

<きんぱら・たかし> 1953(昭和28)年、愛知県生まれ。浜松北高校、日本大学を卒業後、会計事務所を経て、「ビューホテル開華亭(現在の「時わすれ開華亭」)」に入社。87年、社長に就任、2004年から浜名湖かんざんじ温泉観光協会の会長を務める。

 

この記事を印刷する

PR情報