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【東京新聞フォーラム】

スポーツのチカラ 音でつながるチームプレー

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 東京新聞フォーラム「スポーツのチカラ〜音でつながるチームプレー〜」(東京新聞、東京都スポーツ文化事業団主催)が一月二十八日、東京体育館(東京都渋谷区)の第一会議室で開かれた。北京五輪に出場した元シンクロナイズドスイミング日本代表の青木愛さん(32)、二〇二〇年東京パラリンピックに開催国枠で初出場を決めたブラインドサッカーの日本代表、田中章仁選手(39)の二人が、スポーツにおける音や声の重要性について、実演を交えて紹介した。コーディネーターは鈴木遍理(とおみち)東京新聞論説委員。二年後の東京大会や、生涯にわたるスポーツの楽しみ方も話題になり、一般公募の百人が熱心に聞き入った。

◆主催者あいさつ

 ◇都スポーツ文化事業団・後藤裕介事務局部長

 160人を超す皆さんに応募いただき感謝したい。素晴らしい2人のゲストも迎えることができた。2人にスポーツの魅力、五輪・パラリンピックのこと、スポーツを続けるコツをうかがい、スポーツ都市東京の未来を皆さんと一緒に考える機会にしたい。

 ◇東京新聞・水野和伸代表

 このフォーラムでは毎回、トップアスリートや指導者をお呼びし、興味深い話を聞いてきた。今回、ジャンルの異なる2人のアスリートに共通するキーワードは「音」。音や声がプレーの中で、どんなに重要な役割を果たしているかをうかがえると期待している。

◆第一部

◇音(声)を使ってのコミュニケーション

 鈴木遍理論説委員 田中選手がブラインドサッカーと出合ったきっかけは。

 田中章仁選手 二〇〇六年だった。それまでは、わずかに視力があったが、二十四歳で急に落ち、リハビリに通った。その時に出会った友人が「楽しいからやろうよ」と誘ってくれた。

 鈴木 転がると鈴のような音が出るボールと周りの声を頼りにプレーするが、最初は戸惑いも?

 田中 難しいと思う一方で、「すごく自由だな」とも。これならサッカーができると思えた。

 鈴木 ポジションはディフェンスだが、持ち味は。

 田中 ボールが発する音への反応や、体の入れ方がいいと言われ、ボールを奪って前につなぐ役割を務めてきた。

 鈴木 会場の皆さんに、模範プレーを見せてほしい。競技では(光の感じ方の違いなどを公平にするため)アイマスクも着ける。青木愛さんも挑戦を。

 青木愛さん(アイマスクを着けた目隠しの状態で、田中選手からパスを受ける) ボールが来るのは音で分かる。でも、足元に最も近づいたときの音の大きさや、まっすぐ転がってきているのかがつかめない。とても難しい。

◇水中で声出し合わせる

 鈴木 田中選手の音に対する能力の高さが分かった。シンクロナイズドスイミングも、水中でのコミュニケーションが大事では。

シンクロナイズドスイミング元日本代表青木愛さん

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 青木 みんなが曲に合わせて一緒の動きをしなければならない。水中スピーカーから流れる曲に、選手八人が合わせるが、どうしてもズレが出る。それを、ひたすら練習でカバーする。曲がはっきり聞こえればいいが、プールとスピーカーの相性が悪くて、音が割れて聞こえないときもある。

 鈴木 どうするのか。

 青木 水の中で「ン、ン、ン」という声を出してタイミングを合わせる。けっこう聞こえる。

 鈴木 水面に顔を出すとき、選手たちは笑顔で楽しそうに見える。

 青木 採点競技なので、審判にアピールしなければならない。本当は苦しい。振り付けの先生に表情の指導も受ける。笑顔だけでなく、曲想によっては緊張感にあふれる表情もする。

 鈴木 シンクロといえば(日本代表ヘッドコーチの)井村雅代さんは厳しい指導で知られる。

 青木 選手のことを一番に考えるからこそ。「涙を流すのは、うれし涙のとき」というのが先生の名言。メダルを取らせたい一心で指導してくれるから、選手がついていく。

 鈴木 印象に残る井村さんの言葉は。

◇過去のオリンピック・パラリンピックを振り返って

 青木 私が、初めて日本代表に入ったのが〇五年の世界選手権のとき。でも肩を故障した。医師に「無理したら、その先(の選手生命)は保証できない」と言われ、代表を辞退するかどうかで迷った。井村先生に「あなたが目指すのは五輪。今は無理するときではない」と助言され、辞退する勇気が生まれた。先生は、リハビリを兼ねた練習にもマンツーマンで付き添ってくれた。

 鈴木 選手第一の指導者ですね。田中さんは?

 田中 パラリンピック参加を懸けた一一年のロンドン大会の予選に敗退して、選手をやめようかと思った。新チームになるときに、監督から「おまえの力が必要だ」と電話があった。その言葉があったから、続けられている。

 鈴木 ブラインドサッカーは企業研修などの活動にも熱心だ。

ブラインドサッカー日本代表田中章仁さん

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◇相手の立場考えて動く

 田中 声で伝え合うチーム競技なので、相手のことを考えるのが不可欠。コミュニケーションの大切さを理解するのに役立つため、企業や学校で研修会を開いている。視覚障害者のことを知ってもらうきっかけになればとも思っている。

◆第二部

◇東京2020オリンピック・パラリンピックへの期待 など

 鈴木 二年後の東京オリンピック・パラリンピックについては。

 青木 地元開催なので、もう少し若ければ出場したかった。引退後はシンクロ以外のスポーツも勉強させてもらったので、コメンテーターや、シンクロの解説をしてみたい。

 田中 私は、代表メンバーに残るよう頑張りたい。チームはメダルの獲得が目標になる。

◇生涯にわたってスポーツを楽しむために

 鈴木 生涯、スポーツを楽しむ方法や続ける秘けつは。

 青木 水泳は年齢に関係なく楽しめる。歩くだけで運動になり、足腰の負担も少ない。

 田中 気軽に楽しんで、異なる世代や分野の人と知り合える。外出をためらいがちな障害者が外へ出るきっかけにもなる。街にはまだバリアー(障壁)が多い。東京大会が、バリアフリー社会へのきっかけになってほしい。

◆ゲストの2氏◆

<あおき・あい> 1985年、京都府生まれ。8歳からシンクロナイズドスイミングを始め、中学2年で井村雅代さんに師事。08年の北京五輪では代表の座を獲得。引退後は、メディア出演を通じて、シンクロをはじめ幅広いスポーツに携わっている。

<たなか・あきひと> 1978年、静岡県生まれ。2006年にブラインドサッカーと出合い、08年日本代表初選出。DFの要で活躍。たまハッサーズ(東京都八王子市)に所属し、日本選手権(12、17年)、クラブチーム選手権(12年)などの大会優勝に貢献。

<シンクロナイズドスイミング> 曲に合わせて技の完成度、同調性、技術的表現力などを競う。国内では4月から名称が「アーティスティック(芸術的な)スイミング」になる。国際水連が昨年、名称変更を決めていた。20年の東京五輪も新名称で実施予定。

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<ブラインドサッカー> フットサルのルールを基に5人でチームを組み、ゴールキーパー以外は全盲選手で構成する(B1クラス)。技術だけではなく、音と声でコミュニケーションを取り、視覚障害者と健常者が力を合わせてプレーする。

写真提供:日本ブラインドサッカー協会

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