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【群馬】

「共謀罪」大逆事件と共通項 市民の内心監視を危惧 前橋の研究者・石山幸弘さん

大逆事件と「共謀罪」の共通性を語る石山幸弘さん=前橋市で

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 「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案の成立が目前となる中、県内の関係者も捜査された明治末期の思想弾圧事件「大逆事件」の研究者が懸念を深めている。事件では、捜査された県内の約十人のうち、三人が皇室に対する「不敬罪」で服役したが、残る人々は逮捕に至らなかった。この研究者は「共謀罪では、一般市民が捜査に巻き込まれる危惧が指摘されるが、大逆事件には改正案が成立した場合の現代社会に通じるものがあるのではないか」と指摘している。(菅原洋)

 この研究者は県立土屋文明記念文学館(高崎市)の元学芸員で、県立女子大(玉村町)と茨城大で非常勤講師を務める前橋市富士見町の石山幸弘さん(69)。

 石山さんは学芸員時代、寄贈されて同文学館にあった旧勢多郡(現前橋市など)の富農、阿部米太郎(一八八三〜一九七四年)の書簡を研究するうちに事件に関心を持ち、現在はライフワークにしている。

 阿部は一九〇八(明治四十一)年、高崎市で発刊された社会主義系の新聞「東北評論」に資金を援助。新聞への協力を通じ、事件で明治天皇の暗殺を計画したとして「大逆罪」で処刑された長野県出身の新村忠雄(一八八七〜一九一一年)と知り合った。新村は実際、計画に関与していたとみられる。

 新村が阿部に宛てた書簡は約二十通。その中には、新村との交流を外部に知られないように求めた内容などがあった。

 ただ、書簡を精査した石山さんは「阿部は新村にただならぬ気配は感じていたとは思うが、計画は打ち明けられていなかった」と分析している。

 しかし、阿部は事件によって自宅が家宅捜索を受け、警察に数日間拘束されて任意で事情聴取された。刑事処分はなかった。

 阿部の他にも、県内では東北評論の関係者などが事件に関連し、家宅捜索を受けて事情を聴かれたが、服役したのは結局三人にとどまった。

 石山さんは「現代社会でも、たまたま知り合いが危険な考え方を持っていても、分からないことがある。大逆事件も、共謀罪も、治安当局が市民の内心に踏み込み、監視するという共通項があるのではないか。監視社会に追い込まれると、民主主義は育たない」と危惧している。

 <大逆事件> 1910(明治43)年、数百人とされる社会主義者や無政府主義者らが一斉に検挙された。翌年に明治天皇の暗殺を計画したとして「大逆罪」で24人が死刑判決を受け、このうち幸徳秋水ら12人が処刑された。多くが冤罪(えんざい)だったとみられている。

 

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