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【群馬】

朔太郎の直筆書簡 発見 前橋文学館 著作の出版者に 白秋への寄贈依頼

朔太郎の署名(左下)がある封筒と書簡=前橋市で

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 前橋市出身の詩人、萩原朔太郎(一八八六〜一九四二年)が自らの著作を出版した会社を経営する年下の俳人に宛てた直筆の書簡が、市立の前橋文学館の調査で発見された。朔太郎の全集に未収録の学術的に確認されていない封書。俳人に対し、尊敬する詩人の北原白秋へ著作の寄贈を依頼したり、著作の広告方法を助言したりし、朔太郎の生真面目な人柄が浮かぶ興味深い内容だ。 (菅原洋)

 書簡は昨夏、文学館が東京の古書店から購入し、筆跡や紙質などから真筆と判断した。その後に書簡の解読や分析を進めていた。

 俳人は北海道出身の金児農夫雄(かねこのぶお)。金児は新潮社に勤務後、俳句中心の出版社「素人(そじん)社」を経営していた。

 書簡は、朔太郎が素人社から詩論集「詩論と感想」を出した一九二八(昭和三)年の消印があるが、日付は不鮮明で読み取れない。当時東京に住んでいた朔太郎がペンで原稿用紙につづり、東京の金児に出した。

 当時の朔太郎は四十代前半で、文壇での地位を既に確立していた時期。書簡の前半では「第一書房の長谷川氏と、近代風景(雑誌名)の北原(白秋)氏とを忘れましたから、至急同封名刺(付きで)御寄贈願ひます」と依頼している。

 続いて、「北原氏の分は小生直接持参しやうと思つて病気になり」と記し、白秋に気配りする様子がうかがえる。

 後半では著作の広告について「貴社(素人社)の雑誌だけでは読者の範囲が狭いでせう」などと記し、約八歳年下の金児に著作の宣伝方法などをこまごまと指示している。

 文学館の津島千絵学芸員によると、朔太郎は金児の出版社から著作を出す約五年半前、金児らの作品が載る雑誌に作品に対する意見を掲載。その中で「まだ物になつて居ない」などと厳しく批評し、金児もそれに反論していたという。

 その後に他に二人の書簡は確認できず、朔太郎が意見の対立した金児の出版社から著作を出すに至る経緯は分かっていない。

 津島学芸員は「その後、二人の間に何らかの交流があったのではないか。朔太郎は文学者として、自分より若い人に情熱を持って生真面目に向き合う一面があったのでは」とみている。

 見つかった書簡は今後、展示公開を検討する。津島学芸員による今回の書簡の翻刻と解説は、文学館で販売している萩原朔太郎研究会の会報第八十二号に掲載している。

 

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